STAGE12
三人に殺意を向けられたジンファンデルは肩をすくめた。
「おーい、神様」
『何でしょう』
彼女の声はやや小さく、どこから聞こえているのか判断しづらかった。
ジンは微かに眉を寄せる。
「生き残った二人だけが戻れるんだよな?」
『神は言を違えません』
「じゃあ生き残りが二人になった時点でとりあえずの条件は満たされるわけだが……」
ジンは銀氷天とセキレイを見やり、続ける。
「別に一人で生き残ってもいいんだよな?」
『二人になっても殺し合いを続けたいということですか? それは別に構いません。あなたには誰かを蘇らせる権利が残りますから』
「分かった」
頷いたジンはすぐさまセキレイの方を見やる。
銀氷天の分厚い装甲とコクピットに護られる北光より、手負いの彼女の方が仕留めやすいと彼は判断した。
当然ながら、ガルナチャと北光もこれを予期している。
銀氷天が動き出し、日本刀を掲げた。
「チビ助! 援護しろ!」
バーニアを噴かした鎧武者が唐竹割りの一撃をジンに見舞う。
轟音と共に乾いた地面がめくれ、生まれた溝に砂埃がぱらぱらと降り注いだ。
勇者は既に快力を纏っており、地上十数メートルの高さまで跳んでいる。
毛皮のコートがばたばたと風に煽られ、獅子を思わせる髪が揺れた。
「ははっ。……味方の時より容赦ねえなぁ」
『逃がさない! ハーベ――』
スキル回数ゼロ。
ガルナチャは歯噛みし、盾を生み出す。
『ウォリアーズクルセイド!』
先ほどのジンと同じように円盤投げの姿勢を取るが、彼の膂力でそれを再現することは不可能だった。
取り落しかけた円盤をセキレイがキャッチし、快力を漲らせた一投を放つ。
「食ら、えええっっっ!!!」
直撃すれば肉体を両断するであろう一撃。
ジンは空中で両手を掲げ、叫ぶ。
「敵の技! 『ウォリアーズクルセイド』!」
空中で衝突した二対の盾が青と白の光に包まれ、消える。
千とも万ともつかない光の霧の中、ジンは着地後の動きについて考えを巡らせ始めていた。
――――なので、彼は次の一撃を防ぐことができない。
「は!? げぶぅっっ!!」
巨大盾に一瞬遅れて放擲されていたトンファーがジンファンデルの腹部にめり込む。
セキレイは勇者の目を欺くべく最初の一投に全力を込めていたので、トンファーがジンの肉体を貫通することはない。
それでも、ジンに致命傷を与えるには十分過ぎる一撃だった。
中空でもんどり打ったジンは内臓の一部がひしゃげる感触を味わう。
「くぶっ! し、支配の快力!」
青いオーラに包まれたジンを銀氷天の『二の太刀』が襲う。
顔の前で交差した腕に光片子の刃を受け、ジンは地面に叩き付けられた。
「くぎィっ!」
『やれる! 今なら!』
ガルナチャは駆け出し、ジンが落下した場所へ手を掲げる。
『ハイヌウェレ!』
地面から次々に飛び出す無数の宝玉によってジンの肉体は宙へ持ち上げられた。
休むことを許されないばかりか、七色の宝玉が貼りついたことで勇者は表情を歪める。
秘精は消滅させる以外に無効化する術が無い。
肉体に張りついた時点でジンは王手を宣言されたに等しい。
「ッ!」
口から顎にかけて血の滝を流したジンは唇を動かす。
お ぼ え た ぞ
『もう一発食らえ! ハイヌ――』
「敵の技! 『ハイヌウェレ』!」
驚愕したガルナチャが思わず詠唱を止め、その隙にジンだけが最後までスキルを言い終える。
ガルナチャの足元から飛び出した大量の宝玉は意思を持つかのように少年へ吸い寄せられた。
秘精の粒子で構成されていようと、宝玉の吸着を免れることはできない。
濡れ手に粟が付着するように、ガルナチャは全身宝玉まみれになっていた。
『……!』
「ごふっ! さーて、どっちが勝つかな」
吐血したジンは回復魔法無しではいずれ自分が死ぬことを察する。
察してなお、笑う。
『北光! このままでは我々の――――』
たたたた、と北光が緊急用の手動通信端末に文字を打ち込む。
ミュスカデが目を見開くと同時に北光が叫んだ。
「ジン! どっち見てやがる! てめえの相手は俺だ!」
銀氷天は日本刀を振り上げ、ぶし、ぶしゅう、と穴の開いた風船を思わせる軌道で勇者に迫る。
目にも留まらぬ袈裟懸けの一撃がジンファンデルを襲った。
「おいおい。今のそのボロゴーレムで――――」
快力を漲らせた秘精まみれのジンは刀と入れ替わる形で跳躍し、刃の「背」に飛び乗っていた。
理不尽なほどの反射神経を前に北光とミュスカデが唖然とする。
「俺がやれるわけ――――ないだろっっ!!」
快力を込めた拳の一撃で装甲が砕ける。
二度、三度と殴打を繰り返すジンの目の前で光の装甲が次々に砕け、破片となって散る。
「~~~っっ!!」
「女々しいんだよ! 直接顔を出せ、北光!」
コクピットを直に揺さぶられ、北光の聞く警告音が悲鳴じみたものへと変わる。
日本刀で叩き落そうとするも、ジンはひょいとそれをかわした。
返す刃の一撃は勇者の拳で弾かれる。
(ヤバイ……!)
完全に張りつかれてしまっている。
不完全なバーニアでは先ほどのように不意を突かない限り、彼を振り落とすことはできない。
さりとて得物でいくら叩こうと快力を操るジンには見切られてしまう。
七色の宝石をフジツボのごとく身に纏うジンが徐々に装甲を剥がしていく。
もはや一刻の猶予も無かった。
「ちっ、チビ助!」
マイクが正常に機能していることを祈りながら北光は叫ぶ。
「チビ助! さっきの撃て!」
『!』
「いいから撃て! ハイルナントカだ!」
『はい! ハイヌウェレ!』
モグラの大群が押し寄せたかのように地面がモコモコと盛り上がり、宝玉群が飛び出す。
と同時に、銀氷天が全身をひねりながら飛翔した。
九割方の宝玉は鎧武者が引き受けたが、一部はジンに直撃した。
がちん、かちちん、と同色の宝玉が吸着し、ちらりちらりと光る。
今やジンのシルエットは普段の倍近く膨れ上がっていた。
「う、おっ!」
消滅してはひとたまりもない。
ジンファンデルは鎧武者を蹴り飛ばし、大きく飛んで地面へ逃げた。
銀氷天は一時光片子を解除して骨組みだけの姿となった。
シャールドン戦で使った緊急回避だ、とジンは悟る。
秘精は光片子に付着しているため、行き場を失って辺りに滞留していた。
がしゃあ、とコクピットにフレームが生えた姿の銀氷天が地面を転がる。
四肢のうち三つを失ったその姿はスクラップ以外の何物でもなかった。
「逃がすかよ! ブラックマン――――」
「お前こそ逃がすか!」
既に顔を土気色に変えながらもセキレイが走る。
片脚をかろうじてトンファーで支え、よたよたと駆ける彼女が射程範囲にジンを捉えた。
「嗜虐の快力!」
「! 断罪の快力!」
鋼鉄と化したジンに螺旋状に絡んだ紫電の槍が降り注ぐ。
両腕で己を庇う勇者はかろうじて耐えた。
が、今度はガルナチャが両手を掲げている。
『ハイヌ――――』
スキル使用回数ゼロ。
少年は再び奥歯を噛む。
が、彼が奥歯を噛む機会はもう二度と訪れなかった。
「言い忘れたが、さっきのアレも覚えてる」
「!」
「敵の技」
次の瞬間に何が起きるのか察した少年は叫んだ。
『ウォ、ウォリアーズクルセイド!!』
青と白で構成された盾が一枚生まれる。
ガルナチャはそれをジンの斜め後ろ四十五度の方角へ投げ飛ばした。
見当違いの一投にジンが冷笑を漏らす。
「おいおい。どこ狙ってるんだよ」
「あ、後はお願いします! ゴーレムの人! もし――――もしあなたが生き残ったらっ!! セキレイさんをっ!」
「敵の技。『ファナティックレイン』」
赤血球を思わせる赤い小粒の宝玉群が一斉にガルナチャを襲う。
単独で消滅することはできず、使用回数は一度きりだが、目標物に付着した「赤い宝玉」を問答無用で誘爆させる赤い雨。
それはジンの凶剣からセキレイを護った技だった。
『う、くっ……!』
「ナチャ!」
ぎぎい、と銀氷天が動き出したが、もはや手遅れだった。
失血で意識を失いつつあるセキレイの声が届くより早く、赤い光となってガルナチャが消滅する。
彼はもはや自分のスキルで自分を召喚することはできない。
後にはジンの冷笑だけが残された。
彼は再び空へ舞い上がる銀のゴーレムを半笑いのまま睨む。
「これで俺を消せる奴はいな――ふぐっ!」
余裕の態度から一転、ジンは吐血する。
口の端にこびりついた血を拭い、勇者は悪態をついた。
(クソ。もうあのガキは居ないんだ。秘精は使わずに快力だけを――――)
「やっぱりな」
ごりり、と。
ジンの背中に何か硬いものが押し付けられる。
「え」
強い衝撃が。
一度。
二度。
三度。
「……!」
背中から火箸を突っ込まれたかのような感覚。
ジンファンデルは肺の空気を吐き出しながら、タコのように両腕をくねらせていた。
「一度に二つの技は使えないんだな、お前」
赤く染まる視界。
ジンはいつしか天を仰いでいた。
あんなにも青く澄み渡っていた空が、今は赤い。
「銀氷天に火器は積んでねえ。……けどな」
引き金から指を離し、夜坂北光が銃を放り捨てる。
パイロットスーツ姿の彼はジンの真後ろに立っていた。
「自決用の銃は持たされてるんだよ。人工知能に捕まると脳みそほじくられちまうからな」
「ぇ、ぇ?」
ジンは銀氷天に目をやり、それが未だ浮遊していることに愕然とする。
「自動操縦だ。つっても、アンタにゃ分からないだろうけどな」
フルパージした後、北光はハッチを開いて外へ脱出した。
そしてガルナチャの造った盾に身を隠し、ジンに接近したのだ。
ジンファンデルは左右に身を傾がせ、どうにか一歩耐えた。
だが――――それまでだった。
心臓を撃ち破られて無事な生き物はいない。
北光がジンの「弱点」に気付いたのはセキレイとの戦いの最中だった。
攻撃方法を支配の快力に切り替えた一瞬、ジンファンデルの放ったブラックマンバが消滅した。
空中での攻防でも同じ現象が見て取れた。
秘精の攻撃を同じく秘精の攻撃で弾いた直後、ジンは快力による防御もままならずトンファーの直撃を喰らった。
ジンは二つ以上の『敵の技』を同時に用いることはできない。
秘精でガルナチャの攻撃を防いでいる間はセキレイの快力に無力だ。
快力の防御を固めている間は秘精による攻撃を防げない。
北光は辺りを見回し、声を上げる。
「神様! 決着ついたぞ! ってかそこの死にかけの姉ちゃんはどうすりゃ――――」
「ゆ、油断するな……!」
既に顔を蝋燭色に変色させたセキレイがかすれ声で叫んだ。
彼女は目を濁らせており、命の灯は消えかけている。
「あ?」
北光が振り返る。
にいィ、と。
ジンが笑う。
「いいごど、おじぇでやる」
どぷっ、と桶一杯の血。
「おれ、レベルアッ……まりょぐ、すごしだけ」
不穏な気配を察し、ようやく北光はジンの息の根を止めるべく手を伸ばした。
――――が。
「『マイナスヒーラー』」
次の瞬間、光に包まれたジンファンデルは傷一つない肉体を取り戻していた。
心臓はあるべき場所に収まっており、突き破られた胸部の肉も元通りだ。
もちろん、セキレイによって破裂させられた内臓も。
光は北光を一瞬包んだかと思うと、ため息のようにひゅうっと空気に溶ける。
「……!」
「俺の『敵の技』は回復も蘇生もできないが色々な技が揃っててな」
気だるげだが、しっかりした男の声。
縁石でも飛び越えるようにして死の縁から舞い戻ったジンファンデルは軽く髪をかき上げた。
肘にも膝にも宝玉が張り付いたままだった。
「……! っ!?」
「味方の傷と自分の傷を入れ替える技なんてのもある」
ジンは歩き出し、棒立ちの北光の肩にぽんと手を置いた。
そしてそのまますれ違う。
「悪いな。MPさえ足りてれば俺はだいたいのことができる。……たった今ゼロになっちまったけどな」
その衝撃をきっかけに、北光の口から大量の血が溢れた。
胸からは銃弾で破かれた心臓が飛び出しており、スーツの腹から下が黒ずんだ血液で汚れていく。
「うぶっ……!」
堪えることすら許されず、北光はその場にがくりと膝をついた。
穴の開いた胸からばしゃばしゃと新たな血が迸り、心臓だった肉塊がべしょりと地に落ちる。
乾いた地面が水気を吸い、じうじうと歓喜の声を上げた。
『北光! 北光!』
ミュスカデが通信機越しに呼びかける声も遠ざかっていく。
『目っ……目を開けてください、北光!』
ミュスカデの涙声。
人工知能である彼女は涙を流さないはずなのに、と。
北光はぼんやりとそんなことを考えた。
『ねえっ! 北光っ! 北光っ! 嫌です! 死んじゃやだっ! 目を開けてよおっ!』
彼が最期に感じたのは顔に置かれる手の平の感触だった。
「ブラックマンバ」
セキレイが死んだのはそれから数分後のことだった。
望みを絶たれた彼女は糸が切れたように呆気なく絶命した。
彼女が終結を宣言する。