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隻腕の拳闘士

身の上を語っているようで、その実あまり手の内は見せていないメインとサブメイン。

ずいぶん仲良さげにくっちゃべりますが、3人目を出せるのはいつになるんでしょうかね…(他人事

「ときにノー・ワンさん、何か欲しい物は無いです?」

 色褪せた顔に愉しげな微笑を浮かべたまま、リーは「狂気を引き受ける男」――ノー・ワンにそう問うた。問われたノー・ワンはさも怪訝そうな表情で、その色褪せた愉しげな顔を眺めた。

「……お前にそれを言ってどうなるんだ、もやし」

「もやし? もやしで良いんです?」

「お前のことを言ったんだよ」

「ああ、そういう……もやし、ね。そういえば、貴方のような方と差し向かいで話したのは初めてかもしれません」

 もやし呼ばわりされても相変わらず穏和に笑っているリーをよそに、相対するノー・ワンは得体の知れぬやり辛さを感じていた。どちらかといえば直情型に当たる彼にとっても、悠長に構えているように見えて話の主導権は譲ろうとしないリーのような人物を相手にするのは初めての経験だったのだ。

「ちょっとした願望の1つくらい、人に話してみても良いじゃないですか。さあ、貴方の欲しい物は?」

「……やはり、金だな」

「如才無いですね」

「いや待て……服、かな。今すぐに欲しいのは」

 左腕とは言わないのか、などと考えながら、リーは手近に居た店員を呼び付けた。その店員に店主を呼ばせ、彼は現れた店主に言付をした。

「最近あまり着ていない服を1着、彼に差し上げてください。袖が有ってちゃんと着られれば、廉価なものでも構いませんから」

 リーにそう命じられた店主は即座に服従の意を示し、裏手へとすっ飛んで行った。

「おい、何たかってんだ? 俺はお前の言う通り、願望を話したまでだぞ」

「大丈夫ですよ。つい先程、私がこの店を買収してますから」

 茶を飲み切り、早々に2杯目を注文する話相手を、ノー・ワンは呆然とその目に映すしかできない。

「……どういうことなんだよ、それ……」

「金にだけは困らない身分だということですよ。有って困る物でもないでしょう」

 今度はさして面白くもなさそうな、ともすれば自重する風でさえある表情で、リーはそう白状した。その傍らで、店主が衣服を1着手にして戻って来る。

「……だったら最初から金を寄越しゃ良いだろうに」

「着る物が御入用だったのでしょう? ……ありがとう。ノー・ワンさん、御覧なさい。現地製にしては良い仕立てですよ。いま羽織っている茶色のジャケットも、勿論よくお似合いですけど」

 おべっかは要らないとばかり相手を軽く睨んだ後、ノー・ワンは手渡された服を一瞥した。落ち着いた淡青系の色合いをした厚手のシャツで、羽織り物として丁度良さそうだし、確かに袖も有る――かかる判断基準で、彼は自分が着るのにそのシャツは確かに悪くないと考えたわけだ。

「旦那、こいつは本当に貰って良いのか?」

「ええ、ええ……そんな粗末な物で宜しいのなら……リー様にはこの店への先行投資ということで、私共には勿体無いほどの資金を賜っておりますので」

「そういうことです。店長、代わりに貴方の気に入る服を何でも1着、私から献上しますから。この店舗の今後の事業計画についても、近いうちにじっくり話し合いましょう。……ノー・ワンさん、こんな具合で買い上げた店舗を、私は世界に何軒か持っていましてね。もっとも、うちの本業からすれば、これは私個人のサイドビジネスに過ぎませんが」

「……お前、一体何者なんだ」

「私のことはひとまずこれで結構でしょう。そう言う貴方は?」

 店の人間を手先の動作ひとつで奥へ払いながら、リーは眼前の相手をじっと見据えた。この期に及んで張り倒してやろうにも、金と地位の有るらしい人間とあっては収めきれない騒ぎになる公算が大きい。……これ見よがしに舌打ちしてみせた後で、ノー・ワンは不承不承、口を開いた。

「……昔は拳闘をやってた。その時のファイトマネーで気の赴くまま世界を放浪してたとこだ。さっきみたいな騒ぎばかり起こして一所に留まってるのも難しいからな」

「拳闘……片腕で?」

「聞きたいのか」

 低い声でそう問い質されて鋭い眼差しで見返され、リーは切り返しに詰まった。

「覚えとけ、俺はこういう期に至ってしおらしくなるような人間が嫌いなんだ。だから話しちまうが、試合で負けてパンチドランクになってるとこに自棄酒を浴びるように飲んでてな。デカいの1発大中り。一命こそ取り留めたが、左半身の一部に麻痺が残った。必死こいてリハビリしたんだが、左拳だけはどうしようもないなまくらのままになった。無い方がマシだから腕ごと切った」

「……貴方、結構頭悪いですね」

「自分でも、切ってから後悔したくらいだからな」

「……まあ、でも私もあまり人のことは言えない質でしてね、――」

 店の外が、俄に騒がしくなった。理性の光が目から消え失せたような男が、店のテーブルや椅子を薙ぎ倒しながら現れ、彼等二人を睨め付けた。

「……ノー・ワンさん、お得意の『狂気』ですよ」

「ああ……ラリってやがる」

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