第五話 心臓への呪いが始まる
「子犬ちゃん、欲しいのはこれ?」
「……巡?」
まだ咳き込んでいる巡が、オレに声を掛けてきた。
どこから現れてきやがった、こいつ?
問いかける前に、巡は不機嫌そうな面で、城からオレを追い返そうとする。
「早く。早く帰って、でないと後悔する」
「何でだよ? それにもっと必要だ、これから先何が起きるかわからねぇ――せめてオレの研究ノートだけでも……」
「欲張るな!」
巡が今までの態度と打って変わって、真剣な顔で怒鳴ってきた。
あまりの豹変ぶりに驚いていると、オレが怯えたと勘違いした巡が「ごめん」と悲しげに顔を伏せた。
「詳しくは言えない、でも逃げて」
「……巡、テメェどうして……」
「詳しくは言えないんだってば!!」
巡が瞬くと、消えていて、オレは狐につままれた感覚で、訳が分からなかった。
人間って一瞬で姿を消したりできる人物じゃないよな?
じゃああいつは妖怪なのか?
巡が最後に押しつけた薬を手にしても、オレは納得できなかった。
だってもっと薬はいる、綾様は体が弱い御方だ――何が起きてもいいように。
沢山、沢山の薬が要る――。
医務室へ向かう途中――オレは、一人の女性と出会う。
「アンタ――ライ? 逃げられたんじゃなかったの?! どうして此処に――」
「デックス! 丁度いいところに! 薬運ぶの手伝ってくれ!」
デックスとオレが呼ぶ女性は、デクスターという名前で男勝りで勝ち気な女性だ。
体型はけしからんスタイルなのに、本人がさばさばしてるもんだから、女性らしい魅力は一切ない。
オレに惚れてるらしい噂を聞いたことがあるが、オレは気持ちに応えられないので、気づかないふりをしている。
デクスターはオレの組の幹部で、オレに敵意がないところを見る辺り、兄貴への下克上を知って心配してくれていたのだろう。
デクスターはオレについていけば危険な状態になると判っていても、ついてきてくれた。
オレがお願いしたからだけじゃないというのは、デクスターの説明で判った。
「あの馬鹿、とんでもないんだよ。馬鹿なんだよ、取引でさえできないんだわ! 頭の良い取引できないで、おだてられただけで喜ぶ馬鹿なんだよ! そんな奴の下にいたくないから、丁度良かったわ! あたしはアンタについていきたい。あたしのボスはリリーさんよ、リリーさんならアンタを後継者にするはずだし! 薬って何処にあるの!?」
「こっちだ、医務室は確か――その様子だと、フラリーがボスになったな」
あの馬鹿は馬鹿代表とも言える馬鹿で、兄貴に表向きは従っていたが、反抗勢力になりえる危険性は今思えばあるから。
それでも人柄の良さを、兄貴は買っていたから……。
医務室につくと、そこには沢山の武士どもがいた――。
その中心に、兄貴を一番よく思っていなかった、僧正。
「よくぞおいでになった、綾様は無事かね?」
「――無事かどうかなんて、今此処にきてる時点で判るよな?」
そしてテメェらが今更気に掛ける何かが、あの方にあるのかとも気になる。
オレは目を眇めて、僧正をじっと見つめると、僧正は温和に笑う。
一件見ると、警戒心なんてまるでないですよと言わんばかりだが、その実は警戒心に満ちている。否、威嚇だ。あれは、綾様に関わるなとの威嚇だ――。
「左様、お前様が御劔どのに拾われたこともな、判ってる……――取引をしよう。薬はいつ何時此処へ取りにきてもいい、お前様の所望する毒も持って行っていい。お前様の医学の進展となるものは許可しよう、たとえ違法であろうともな、国が認めたのだよ。お前様の医術を。研究ノートだとか……あれを見せたら、是非とも欲しい狗だ、と」
僧正は誰もが好感度を持つだろう笑みを、胡散臭く浮かべて、オレを歓迎する。
後ろでデクスターが服を引っ張ってる、危険だと警戒しているのだろう。
デクスターを庇うために背中で、デクスターを見せないようにする。
それくらいは野郎としては当然だ、たとえこいつが男勝りでも女の子なんだ。
「条件は? あるんだろ?」
「なァに、お前様とて裏切らない保証は無い。だからその〝対策〟をうちたいのと、お前様に御劔どのを見張っていて貰いたくてな……」
「御劔を?」
「うむ、あの御方が化け物を選ばぬと、この国はまずいのだよ――御劔どのの情報が欲しい」
「……――対策って何だよ」
「何、お前様から恋慕などという煩悩を消すだけの作用さ」
「まさか!?」
後ろでデクスターが大声をあげた――このままじゃデクスターも、その対策に含まれかねない。
そんなのはあってはいけない、デクスターにはいつかオレ以外の男を好きになって貰いたいのだから。
「この女は、対策とやらは見逃せ」
「それは良かろう――されど、その女には輝夜姫の護衛をしてもらいたい。そうすれば、お前達の滞在は見逃してやろう」
見逃す? いつ死んでもいいから、放っておくの間違いだろ?
使い捨ての駒として生きるように、成立させろってことだろ?
でもこの国にいていい理由ができた、それはとても有難い――。
デクスターをちらりと見やると、デクスターは頷いていた。覚悟したということだろう。
「判った」
「よしよし、これからお前様達は我々の狗だ――主人を違えるなよ」
――誰かが背後からオレにむかって手刀を打って、オレを気絶させる――。
目が覚める頃には、オレは手術台にいて、オレの心臓付近には禁止マークのタトゥーが彫られていた。
手術したらしき人物がオレに向かって、呪いの説明をする――。
〝お前が綾への恋慕が強まれば、お前は死ぬ。心臓に制御がかけられた〟
その瞬間から、オレから恋心は奪われた――許されなくなった。
薬を大量に持って、御劔の元に戻れば御劔はすげぇ怒ってて、オレが笑うと何かを察した。
きっと笑い方をミスったのだろう。
オレは眠る綾様の元へ近づく――綾様は、白雪姫のように眠ってらっしゃる。
この方を――守れるのなら。
「綾様、この身、全て貴方に捧げます――」
かつての恩人を売るくらいどうってことはない――。




