第四話 御劔との出会い
意識が戻れば、そこは温かい場所で――豪勢な屋敷で。
驚いて身を固めたが、瞬いても、何度も瞬いても覚めない現実で。
綾様は助かったのか?
どうして助かったんだ?
オレは、名を呼ぼうとしたが、痛みが走り喉を押さえた。
誰かがやってきて襖が開くと、そこには――世界で、きっと一番美しい人。
この感覚を覚えるのは、懐かしくて。懐かしさのあまりに、鳥肌が総毛立つ。
「御劔――?」
「え、俺を知ってるの?」
きょとんとしている表情――つか、お前……何で男になってんの?!
「ふ、は、ははは……ぶははは、げっほ、げほげほ!」
大笑いするオレに御劔が、訝しんで蟀谷を抑える。
「アンタのツレの人が必死に頼み込むから、泊めたけど。アンタ、頭もイカれてるわけ?」
「いやァ、テメェを見たらそうなるわ、なァ牛の天女?」
オレがにやついて問いかけると、御劔はオレの胸ぐらを掴んで、じっと見つめた。
なる程、睨むでもなく、「見つめる」だけか――今のテメェは。
呆れるくらい、寂しい奴になっちまったんだな?
昔なら感情が溢れるくらいあったってのに。
「牛に何をされた? ええ? おい」
「――……何も、語ることは、ないよ」
へぇ? 警戒されてるなァ。
まぁ別に良いけど――そりゃ初対面でこんな話されたら、普通は警戒するわな。
「お坊様は何処だ、オレと一緒にいた人」
「相当体力消耗して、今も寝たままだ――でも参ったな。漢方薬は全部お前に使えって言われてさ。最近値上がりしてきて、この家にある漢方薬は粗方使ったが、もうあのお坊様に使う分がないんだ」
「――医療室でもあるのか、どんだけでかいんだ、この屋敷は」
ただの金持ちとかじゃないのは判った。
ただの金持ちなら、薬や漢方にまで手が行き届かない筈だ、何せ時代は大貧困でもあるからな。
薬は相当身分が高くないと手に入らない。
「――そうだな、この屋敷に植物でもあるか? あとは、ネズミ、もしくは蛙……」
「ん? 何その怖い発想……――何をしようっていうの」
「オレは毒で人の病を治せるんだよ、アレンジして何かしら薬が作れるかもしれん」
「……――その方法は、オレがあんたを信頼できるまで、させたくない」
「ま、そりゃそうだな……結局オレはまたテメェに助けられたってわけか……」
オレの言葉の意味が分からなかったらしく、御劔が何か言う前にオレは布団へ寝転がる。
「今はオレの回復が先だっていうんだろ、判ってる。少しだけ寝る」
「……できるだけ医者を呼ぶ。アンタとは交わしてないけど、あのお坊様とはアンタを助ける約束を交わしたから」
「――この吹雪で、くる医者なんていねぇよ」
少なくともこの江戸では。
この江戸では医者は、高貴な身分の専属みたいなもんで。
庶民への療法は実験台扱いみたいなものだ――それを知らずに、庶民は有難い有難いって感謝している。
そいつを見て、オレは医者ってもんが大嫌いになったんだ。
もっとこう、命を救いたいとか強く願っていいんじゃないかと――。
命を救いたいと願い続けるから、オレは永遠に咎人のままだ――病を完璧に治せない患者も必ず対面するから。
オレは咎人になる瞬間が大嫌いだった。
「……最初はオレが、おぶって医者に診て貰いに行こうとしたんだけど、止められてさ。吹雪の中、出て行くならアンタもお坊様も屋敷にいれないなんて、言われたんだ。ごめんな」
「いいや? 普通は助ける自体おかしい。変わりなくて安心した」
御劔は今度こそ怪しんで半目でオレを見つめる。
こういうとき隠すのが正しいんだろうけど、御劔相手に隠すのは面倒だし、別にどう思われたっていい。
前世と同じで受け入れられるとは限らないから。
だが御劔は、どかっとオレの寝てる横に座って胡座をかく。
「むかついた、オレのことだけはよーく知ってるみたいで。なら、アンタのことも教えろ」
そうくるか、とオレはちょっと面白くて、興味深かった。
なんというか、変なところで人間味のある不思議な奴だ、今の御劔は。
冷静なくせに、子供らしい邪気のなさが大人であっても違和感ないというか。
無邪気とかそういうんじゃないんだ、ただ感情が率直だなと。
「オレは――リドルリドルというマフィアの幹部……いや、もう兄貴が死んだんなら乗っ取られてるだろうから、これからは追いかけられる身か」
「マフィア? 外国人? 何でそんな奴が、お坊様と一緒に……」
「……ただの坊さんじゃねぇんだよ、それが。テメェは本当に聞きたいか? 頭イカれてるような信じられない話を」
オレの言葉に御劔はきょとんとしてから、静かに頷いた。
真剣な眼差しを持てばこいつをすぐに信頼する辺り、オレも前世の名残を引いていた。
「テメェは天女であるのを知っているのは、オレは前世でテメェに出会ったから。オレは前世やその前の記憶を引き継いで生きていく運命なんだ。ただ、覚えられるのは生きてる時間数が千年までっていう時間範囲でな」
「……輪廻転生しつつも、最後は魂がなくなるってこと?」
「飲み込み早いな、おい。そういうこった。それで、前世でテメェは人間に惚れていたが、牛に見初められて……大変なことになった」
「大変なこと――教えてくれ、天女は一体何をしたんだ? どうしてあそこまで惚れられてる?」
「……――その様子だと、あいつ同じことやったみたいだな。御劔、お前もしかしてさぁ……」
オレが問いかけようとした瞬間、襖が静かに開いて、そこには金髪の男が立っていた。
燕尾服を着ていて、どこか燕みたいな印象の男。
優麗な仕草で微笑んで、御劔に傅く。
「御劔、稽古のお時間です。お召し替えを」
「ああ、判ったよ――それじゃあ、大人しくしていてな。後で続き聞かせろよ」
御劔が立ち去り、それに付き添う男も立ち去ろうとしていた。
男を見てぴんときた――御劔が前世で好きだった男だ、あいつ。
へぇ、今は主従関係なのか? 面白いな。
――何にせよ、一番の難関は消えるってことか。
へぇ、じゃあオレが今、抜け出しても問題はないわけで――薬を強奪しにいっても問題ないわけで。
……オレは捕まってもいい。綾様さえ、無事であるのなら。
オレが綾様を助けるつもりであったのに、現在の状態は失態だ。
此処がどこかはわからねぇが、道さえ覚えておけば戻ってこれるだろ。
それに御劔のことだ、お人好しだから探してくれるかもしれねぇし。
――何よりこのまま見殺しのように、オレだけ生き残るのは嫌だ。
オレは起き上がる、――なんだ思ったより調子いいじゃないか。
傍にオレの持っていた拳銃があったので、それを装備して、外へ向かう。
外は猛吹雪――日本ってこんな寒かったっけ?
もうちょっと暖かい印象だったけど、この寒さはマジやべぇ。
何より、この寒さの中で何時間も居続けたオレらもやべぇ。
あの態度はむかついたから城に戻ろうと思う――城には薬がいっぱいだ、城から薬を盗もう。
門番を気絶させて、門番の衣服を奪ったところで髪色でばれちまう。
さァて、どうするか早く決めないと、寒さでまた倒れかねない。
こうなりゃ力尽くで突破だ、下手にごちゃごちゃ考えて失敗するよりかはマシだ。
門番を気絶させるまでは一緒、そこから先はごり押しで忍び込む。
薬のある部屋は知っているから、そこまで向かおうとした――。




