第二話 砂時計を持つ男
男は熱に魘されているのかオレを見つめ、うっとりと蕩ける瞳をしていた。
オレはこの瞳に見覚えがある。
兄貴が綾様に対して、恋してた時の瞳だ――千年物の恋を持つ瞳だ。
だがオレはこの男とは初対面だし、記憶にもない。
陰陽師は他にいるのは由嘉里くらいとしか言っていなかったし、前世で出会ったわけでもなさそうだ。
「頭イカれてんのか」
「ライアーそのように言うでない、この方はな己らにはできぬことをできるお方なのだ」
「何ができるの?」
「詳しくは知らぬが――この方は自分を〝砂時計の生き神〟と仰ってた」
「砂時計の……神?」
「己が思うに、砂粒のように何かを繰り返しては終わり、繰り返しては始まっているのではないかと。ひたすらに、お前様の名前を呼ぶのだ――何より、天女様のお話を知っておられる」
「御劔――の話ですか? 現代の御劔、じゃなくてですか?」
「左様、ゆっくりと治療しながら話すと良い、己はリリーと会ってくる、大事な話があるそうだ」
リリーはオレの兄貴の名前。マフィアのくせに百合の名前なんて笑える。
オレは相手の体調を見つつ、診察をする。
脈をとっている時に、男は高熱の最中、へらへら笑う。
「どうして笑ってんだ?」
「貴方に会いたかった、貴方に治療されたかった」
「――意味がわからねぇよ」
「何も判らなくていいよ、子犬ちゃん」
――オレの現世でのあだ名。ガキの時、小さいのに喧嘩が強かったから、猛犬だとか言われてて兄貴が「それじゃ可愛くないだろ」と子犬ちゃんと呼ぶようになった。
「――前世で会ったわけじゃねぇよな」
「めぐは現世の子犬ちゃんしか知らない、知りたくない。その前も、その後も知りたくない」
「……意味がわかんねぇよ」
呆れてるっていうのに、相手はへらへらとやたら嬉しそうで犬っころはテメェじゃねーかってつい笑ってしまいそうになる。
「名前は?」
「巡っていうよ。御劔の話を聞きたいんでしょう? 子犬ちゃんが知りたいのは、前世の御劔――」
「――……御劔にまた会えば、千年で消える呪いを解いてくれるってゴミツ様が言ってたからな」
「子犬ちゃん、悪いことは言わない。ゴミツを信じちゃ駄目だ」
巡は急に真顔になって、無理矢理に起き上がる。
げほげほと咳き込んで、吐血している。
「ゴミツの言うことだけはきかないで、子犬ちゃん、約束だよ?」
咽せながらそんなことを言うもんだから、つい勢いに任せて頷いてしまった。
巡は何度も咳き込み、ふらつく体で立とうとするので、布団へ押しつけた。
「やっだー、押し倒されちゃったァ」
「男を押し倒す趣味はねぇよ」
「――うん、そのままでいて。そのままの子犬ちゃんでいて。決して、変わらないで。天女に、絶対になっちゃ駄目だよ」
「天女は御劔だろ、オレぁなれねぇよ。前世の御劔知ってるなら判るだろ、オレは人柱にもなれなかった」
――前世で、オレと兄貴は食い扶持の少ない村に生まれた。
時折やってくる由嘉里の生まれ変わりが金持ちで、その施しに助けられていた。
だがある日、川が増水して橋を建てるのに人柱が必要だと言うことで、オレが選ばれた。
オレは皆に別れを告げて、皆の前で飛び込まなきゃいけなかった。
兄貴は既に反対して暴れた後で取り押さえられていて、由嘉里は屋敷に閉じ込められていた。
オレは飛び込もうとした瞬間――天女が降りてきた。
世界で一番美しい人は、由嘉里ではなかったのだというショックを受けると同時に、オレは天女に抱きしめられていた。
『この子は私が預かります、子供を人柱にするなんて……愚かな人には厄災を』
天女の不吉な発言通り、その場にいた皆が川の水に飲み込まれて、オレは驚いた。
天女の顔を見つめると、天女はきらきらとした砂金が辺りに漂っていて、羽衣をふんわり身に纏っていた。
オレは助かり、兄貴と由嘉里も色々あって、天女と仲良くなった。
そうして、オレは一つ気がついた。
天女には人間界に思い人がいるのだと。
天女はいつか、人間になりたいと笑っていた。
人間になればきっと、思い人と結ばれるのだと、由嘉里と兄貴を見て憧れていた。
だから、だからオレは――。
(こんなこと思い出しても、どうしようもねえっていうのに――……)
今更、罪を償おうとか甘いこと考えてない。
ただ、もう一度出会えて、遊べたらって思うんだ。
また何も考える暇も無く、楽しい時間を過ごせたらなって。
瞬きをすれば、そこに巡はいない。
今の今まで傍にいたのに?
巡がオレを置いていくわけがない――と無意識に考えたところで、ふと気づいた。
どうして、オレは巡を知っている?
そんな、置いていくわけが無いと考えられる程、親しいわけでもないってぇのに。
何だか狐につままれた気持ちで、オレは頭を掻いて、部屋を離れる。




