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第十四話 綾の本音と弱味

 準備ができて、オレは二人に見守られて、ゴミツのいるらしい城へ入る。

 ゴミツのいる城は、江戸から離れた土地にある洋風の城。

 田舎なのだろうかと思えば、秘境とも言える程。簡単に踏み入れるには躊躇う恐ろしい森に隠れていた。

 足に纏わり付く茨が痛い、けれどここで躊躇うわけにもいかず、オレはずかずかと茨をそのままに中へ入る。

 時折拾った鉈で除去して。

 城壁を見上げ、城門から入り――エントランスへ向かう。

 中庭を見ている暇はなく、オレはただ只管走っていた。

 エントランスへくれば、前世の御劔を描いた、美しい天女の絵が飾られていた。

 やけに美しい肖像画は、ゴミツの狂気度を見せつけられている気持ちだった。

 どれだけ執着し、どれだけ過去の女に惚れているのかと。

 かつての自分を見ているみたいだ――綾様でなきゃ駄目だと思っていた自分のようだと。

 地下へ向かう階段があり、地下から何か物音がしたので、地下への階段を降りる。

 中は暗くて、途中にあったランプを拝借し、足下を照らしながら歩いて行く。

 地下には――血生臭い匂いが充満していて、綾様とゴミツがいた。

 周囲には、これまた天女の肖像画がたくさん飾られていて、一際目立ったのは人間よりも大きなモノだった。

「綾様!」

 綾様へ声をかけると――綾様は、オレを睨み付けた。


 嫌悪そのものを現した瞳を。




「綾、様?」

「――どうして、此処へ?」

「……貴方や、御劔を守る為に……」

「誰が、守ってくれと頼んだ?」


 綾様の笑みは、うっとりするほど綺麗な笑みだが、異質だ。

 言葉がちぐはぐすぎて、異質だ――敵意に満ちている。

 綾様の言葉に、ゴミツはくつくつと笑って、綾様を抱き寄せる。

 綾様は抱き寄せられると、ゴミツへ向かって、うっとりとした表情を向ける。


 何だ、何だその表情は――やめろ、やめてくれ。

 兄貴以外へ、そんな表情を見せるな。


「ほら、綾。廻らぬ子は、やはり貴殿を愛しているようだ」

「そんなこと知らぬ、判らぬ。己にはお前様がいればいい――」

「……テメェ、綾様に何をしやがった?」

「ちょっとした戯れだ。人の子の世界では――ああ、洗脳とでも言うのだろうな」

 落ち着こうと、息を深く吸う。

 ほんっとう……ゴミツは一体、どうしてそんなに憎まれることばかりするんだ?

 よりによって、綾様を力尽くで奪う? それも惚れてるとかじゃなく、暇つぶしで?

 意味わかんねぇよ――いったい、こいつはどんな闇を心に抱えているんだ。

 オレの動作に、ゴミツは益々笑みを濃くして、優しい表情を浮かべる。

「面白いな。廻らぬ子。貴殿が欲しくて欲しくて堪らなかったモノを、たったこれだけの期間であっという間に俺は手に入れた。人とは簡単なものだ」

「……テメェがこの世界中の人、みんなのために死んだほうがいいことは、今ので判った」

 それまで、少しだけ思っていたんだ。

 不器用なだけだから。こいつは理解されなかっただけだから、味方でいてもいいかなって思ったんだよ。

 あの事件は、オレに原因があったんだから、って。

 オレが頷きさえしなければ、ゴミツだって何かしら変わっていたかもしれねぇって。


 だが、最早ここまでくると言い訳はできない。

 どう足掻いても、ゴミツは、絶対悪だ。



「綾、貴殿の手で廻らぬ子が死ぬところが見たい」

 甘ったるい睦言みたいな響きで、綾様へおねだりするゴミツ。

 綾様は言葉を掛けられただけで、体中に惚れ薬を盛られたかのように、びくびくっと反応し恍惚としていた。

 オレは、綾様を警戒しながら、鉈へ命を吹き込む――。


「――〝苛〟よ、お前の命は此処にある」

 オレが鉈に名前を与えると、鉈は呼応し、オレと鉈の周囲に風が引き寄せられる。

 突風がオレと鉈を包み、ゴミツが目を細めた。

 綾様も声を鋭くして、オレを睨み付ける。

「天女の真似事か、ライアー」

「綾様、オレね、なっちまってるんすよ、その天女ってやつに。犬から加護を受けてなァ――!」

 鉈に宿る一つの赤い獅子。ふわぁと真っ赤に燃える獅子が、鉈を持つ右手に纏わり付く。

 赤い獅子は、ぐねりぐねりと動き回り、オレの合図を待っていた。


『子犬ちゃんが好きな遊びってなに?』

『ポーカーかな、面白いンだよ、読みあいが』

『ふぅん、じゃあめぐもふみも覚えるから、それが合図ね。僕ら、それを言ってくれたら力貸すから』


 綾様が錫杖を刀に変えて、オレへ詰め寄る――オレは、鉈で防ぐ。

四方面の盾(フォーカード)

 バリアが張られる――。

 不思議なバリアだ、暖かな気持ちに満たされている。

 二人がオレを愛しているのだと、叫びが伝わってくる技だと思った。

 時折心臓が騒ぐのは、何でだろう、この心臓は綾様専用なのに――。


「ライアー、妙な真似はやめろ。ゴミツ様を殺すわけにはいかんのじゃ」

「どうしてですか。オレの思いや、兄貴の恋慕を忘れるのは、別に構わない。けれど、そいつを許すのはオレは絶対に嫌だ! 思い出してください、貴方がどうしてオレを巡達に出会わせたのか! 貴方が守りたかったのは、オレでしょう!?」

「違う、違う――違う!」

「オレを守りたかったからでしょう!」

 違うと否定しないで、と祈りを込めて訴えると綾様は言葉に詰まって、頭を抱える。

「綺麗な言葉を使うな、己はお前様のように綺麗ではない! 己は、己はもうお前様以外何も持っていなかったから……見放されたくなかったから。寂しかっただけなんじゃ! 誰かを守って死ねば、それで英雄視されるであろう?!」

 綾様は睨み付けながら、慟哭していた――決して理解されたくないだろう言葉を、自ら口にして、荒れていた。

 この方がここまで感情的になるのは、何百年見ていても初めてで。

 兄貴のこと以外でこんな感情を晒す姿は初めてで。

「己は生き仏にでさえなり損なった、それはつまり己が下卑ているからだ――……」

 お願いだ、そんなこと言わないで。

 貴方の何処を見たら、下卑ているといえる?

 生き仏なんてこの国にとってはただの生け贄だ、偶像崇拝させるために作られた都合の良い存在だ。

 下卑ていたのはあいつらで、貴方じゃ無い。

 オレは一気に悲しくなる――もっと自然な形でこの方の心の声に触れたかった。

 こんな、暴くような真似がしたかったわけじゃない。

 無理矢理を強いる真似なんて、嫌だった――けど、そんなの言ってられない。

 今はただ目の前のこの方を否定してはいけない。だって今まで何も心情を晒さないこの方が、不自然すぎたのだから。

 今、感情のままに荒れるこの方は、ある意味正しいんだ。

 だって、それが人間ってやつだから――人間の生き様だから。

 機械みたいに全てにイエスとか、全てにノーとか感情なしにやってられるわけねぇよ。

 なのにこの方はずっと他者の為に、全てに頷き続けていた。心が壊れてもおかしくないほどに。

 他者のために感情を押し殺す瞬間を、この方からずっとずっと消したかったんだ!

 綾様がぎちぎちと刀で、改めて押し迫るが、鉈でずっと刀を防ぎ続ける。

 正確には鉈に張られたバリアで。

「……それでいいんです。綺麗、綺麗じゃ無いとかなんて、人間にはない。ただ、そこに存在しているだけです」

「ライアー……己はッ、己は……」

「……貴方が愛したリリーは、次に貴方が愛する男がゴミツでも構わないのだと心から思うんですか」

 綾様の瞳に、ほんの少し光が見えた気がした。

 それまで、濁った瞳をしていたのに、急に優しさを取り戻した気がした。

 オレは、ぎりぎりとバリア越しに押し迫ろうとする刀を、なぎ払い。

 吹っ飛んで横になる綾様へ近づいて傅く。

「リリーは、貴方の綺麗さを愛したんじゃない」

「……じゃあどうして……」

「あの人は、貴方の何もかもを。嫌なところも良いところも愛した。……貴方の存在全てを許容したんです。……だから、貴方もあいつを愛した。そんな男が、貴方の嫌なところ全て罪だと言ってくるゴミツを許すと思いますか?」

「……己は……」


 綾様の目に光が戻り、その場で泣きわめく。おいおいと惜しみも無く、涙をぼたぼたと零す。鼻水までそのまま垂れてて、この人にしては珍しい泣き方だと思った。

 だけど、それでいい。もっと貴方は人間らしくなるべきだ。

 肩を抱くのはオレにはできない――オレは貴方に触れていい権利などない。

 慰めていい権利もない。

 オレにあるのは、ゴミツを真っ当な道に正す方法だけだ。


 愉快さを含んでいたゴミツの眼差しが、オレを捉えて拍手を送る。

 ゴミツの動作は大げさで、尚且つオレを挑発し刺激するのにもってこいだった。

 緩やかな仕草で、腕を組むゴミツ。オレが睨み付けると、鼻で嗤った。

「いやはや、やはり貴殿は普通の人間とは違うものだ――中々に興味深い。それで? 綾を解放しろとでも、願うのかな?」

「もう一つある。御劔はテメェに渡さない」

「ほう? どうして?」

「テメェには言葉はもういらねぇ、テメェに言葉は通じないって分かったから」


 オレは鉈を宙に放って、そこら中にある天女の肖像画を切りつける――。

直線剣戟ストレート

 鉈がそこら中にある天女の肖像画を、無残にも散り散りにしていく。

 オレの指の動きに合わせて、鉈はくるくると周り、くいっと一線を描くとその通りに動く。

 一直線の剣戟による鎌鼬を放ち続け、一直線に大きく破りにかける。

「……貴様……」

 ゴミツの目の色が変わった。

 愉快さが消えて、嫌悪や憎悪でしか満ちていない。

 苛立ちが初めて見えるゴミツに、オレはふつふつと湧いていた怒りが収まっていく感覚だった。

「よい、もう余興にしては貴様はやりすぎた。貴様は一つ勘違いをしている。廻らぬ子や、貴様はただの螺旋の一つなのだ。俺の体内で巡る螺旋の一つにしか過ぎない。だがな、螺旋など変わりがきくと思わぬか?」

 鉈がぴたりと動きを止める――ぶるぶると震えて、鉈に纏わり付いていた獅子が、元の二見に戻る。

 二見はゴミツに捕らわれる。

 苦しみながら二見は、ゴミツに噛みつきその直前にゴミツは二見へ囁いた。

「お前の思いは報われん」

「黙れ!」

 二見は肩で呼吸しながら、爪で引っ掻いて、ゴミツの首元にあるアクセサリーを引っ張る。

 不敵な笑みを浮かべ、ゴミツはゆっくりと眠るように倒れた。その直前に、二見の何処かに軽く触れて。

 二見がふらついていて、倒れそうになっている。

 駆け寄ろうとすると、二見は「来ないで」と声を掛けてきた。

「子犬ちゃん、これからも何処にいても、君を――愛してる。君は、絶対、間違えてないから……安心、して」

 二見はオレに向かって、倒れる間際笑いかけてきた――その笑みがやけに心に焼き付いて。

 二見はオレに向かってアクセサリーを投げつける。オレは受け取っても、茫然とし続けていて、目を見開いていた。

 このアクセサリーを持っていろということなのか、何だかそれはまるで形見のようだな?

 ゴミツのものだったというのに、まるで二見がオレへ最期に何かを託そうとしているみたいで――、一気に青ざめる。

「二見?」

 問いかけても、二見は何も反応しない。ただ、体を倒れさせて――ゴミツが触れた箇所は二見の左胸で、そこへナイフが深く刺さっていた。

 二見は完全に息が無い――息が、ない。

 微動だにせず、オレは一気に全身から体温が無くなっていく感覚がした。

「二見!」

 やっぱり、笑顔は患者を苦しませる――否、苦しむのは周囲だ。

 知ってるんだ、オレは。

 笑顔になるような行いをすることで、防げる病だってあるって。

 抑制になる病があるって。

 でも苦しみたくなかったオレの心が、二見の笑顔を拒否していた。

 あの笑みが、二見の最期のような予感がして――。

 だから、笑顔を見るのは大嫌いだ――! だって絶対に救えない予感しかしないから!


 オレが間違ってない?

 どうしてそんな言葉が言える?

 二見は、どうして存在を賭けてまで、オレを愛してくれたんだ?

 ――その理由をオレはとっくに知っている。

 オレの心根を、五百年分のモノを否定しないで、あいつはそのままのオレに惚れてくれた。

 オレが本当に間違えてないというのなら、テメェが生きてもいい筈なのに。

 だってオレが不幸にならなくてもいいじゃん。

 もっと甘い生活があってもいいじゃん。

 自分で選んだ道のくせに、後悔したくなる衝動ばかりで、嫌になる。


 何かがおかしい。

 二見という存在が、オレにとっての毒みたいになっている。

 毒かと思えば薬のように安らぎ、薬かと思えば毒のように身を痺れさせ。

 この感情を、オレはよく知っている――とても、よく。

 今になって、どうして……自覚する?



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