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第十話 一番最初に失った記憶

 徐々に思い出してくる。

 四回巡った世界、四回生まれ変わった世界。

 何度もオレは綾様に生かされて、生きてきた。




 ――それは最初の記憶。最初の世界の話。



 ショートケーキみたいな、あの世界が始まり。

 綾様と一緒に放り出された、絶望の世界で。

 綺麗な銀世界に包まれて、感触すら一切感じない体温で。

 あの吹雪の中、綾様は――ゴミツを呼んだんだ。

「ゴミツ、頼む、ライアーだけでも助けてくれ!」

『――お前は天女ではない。他の奴の天女であるというなれば、考えよう』

「天女でも何でも受け入れる、だから頼む!」

『……一つ貴様は無様なミスをしている。御仏になり損ねた貴様ごときが、廻らぬ子を守れるとでも? 廻らぬ子の兄に夢中だった貴様がか? 廻らぬ子の恋心に気づかなかったお前が、か?』

 やけに楽しげな笑い声を思い出す――吹雪で真っ白い世界に、雫のように落ちてくる漆黒。

 漆黒は一点広がると波紋のように浮き上がり、ぶわわと周りを漆黒に染めていく。

 黒は決して白を汚せないと思っていた、灰色になるだけなんだって。

 灰色はあいこなんだって思っていた。

 だがしかし、過去の記憶ではあの吹雪の世界は、漆黒の吹雪になっていた。


「恋心――?」

『おや、これは可笑しい。五百年も傍にいて、五百年も兄を選んできたから知っているかと思えば――。この子は、五百年間ずっと貴様に恋をしていたのだよ、無知な御仏風情が』

「……ライ、アー……?」


 そんな目をしないで。

 そんなショックを受けないで。

 貴方にそんな顔をさせたいわけじゃない、貴方にそんな思いを抱かせたいわけじゃない。

 もう意識なんてなかった筈が、オレはその時、拳銃をゴミツに向けて動けなくなったんだ。

 拳銃が手から滑り落ちて、オレはもう瞬きすらもできなかった。


『――なる程、無知なそいつより、廻らぬ子のほうが素質はありそうだ。一つだけ心当たりのある天女を求める神を紹介しよう。しかしまぁ、何とも馬鹿げた話だ。助けを求めた者が、逆に助けられるとはな――死にかけのそいつに。いつまでも男の影に隠れて、情けないな? 由嘉里――』

「……己は……己は……――知らなかった、のだ」

『その言葉を口にしても許されると思う辺り、貴様はやはり天女ではない。貴様は真の優しさなど持ち合わせてないのだよ。それは、言い訳だと自覚すると良い。自分の恋を殺し続けて幸せを見守るその子がどれ程、いじらしいか』


 違う、違う、違う!

 やめろ、綾様を見下すんじゃねぇ!

 オレは、オレはただ想いを伝えられなかった臆病者だっただけだ――!


『条件がある。狗が天女だと認め、その子が狗に恋をするのならば、貴様は邪魔だ――』

「死ぬ覚悟ならば……」

『まだ判らぬ阿呆め。そのような容易い覚悟、誰でも出来る。現に、その子はしていて、尚貴様を守っている。それすらも判らない愚か者なのか。……狗とその子が会ってる間は、私の元にこい。保護してやる――意味は分かるな?』


 これは、オレへの条件だ。

 狗と恋ができなければ、狗を必死に振り向かせなければ、綾様は何か死ぬより恐ろしい目に遭うのだと――!


 頷けなかったので、拒否しようと瞬き一つをすれば、ゴミツは満足そうに頷き。

 肯定だと捉えられて。

 オレは気づけば、真っ黒なのに先ほどと違う異空間にいた――。


「めぐ、誰か来たよ」

「こら、ふみ危ないよ! ゴミツが送り込んできた人間だ、さぞかし捻くれた奴だ!」

 異空間には――二人の青年がいて、二人とも顔色が悪かった。

 金色の髪の毛に、二人ともオレに対して怯えていて。

 オレのサングラスはこの空間では意味が無いと思うと、体は先ほどまでの凍傷の気配もなく動けたので、指を動かしてみる。

 グーとパーをし続けてから、その場にしゃがみ込む。

 ひそひそ声が聞こえる。


「……ねぇ、あの目の色、この国の人じゃないみたいだよ」

「本当!? それなら僕らのこと知らないかも、ねぇおにーさん名前は?!」

「いや、待ってよ、ふみ。ここは僕らが主導権を握れる場所なんだ、ゴミツのことだ、どうせこいつに僕らを落としてこいとか言ったんでしょ。めぐは認めないからね!」

「……テメェら、ちょっと来い」

『え?』

「いいからこい!」

 オレが叱り飛ばすと、二人は慌ててこっちへやってくる――。

 オレは二人の診察をしてしまう――こんなときに何やってるんだって思うけど、しょうがねぇじゃん、職業病なんだよ!

「ここに薬は?」

「な、ないよ……ゴミツが葛湯飲んでいれば治るって……」

「じゃあ毒は!?」

「毒!? 僕らを殺す気?! ふみ、やっぱりこいつ追い出そう……」

「待って、めぐ。この人の時間を見るよ」


 片方の金髪が、オレの額に触って目を閉じる。

 ふみって呼ばれた奴は、どれくらいの間そんなことをしていたのか判らなくなる程、長くそうしていた。

「え、一瞬で終わらない記憶? 僕も見たい!」

 めぐと呼ばれていた金髪も、オレの額に触れて同じ仕草をする。

 すると、めぐと呼ばれていた金髪が唐突に涙をこぼした――。


「ずっと……ずっと、恋を殺していたの?」

「ああ?」

「由嘉里って人、ずっと好きだったの? 五百年も……片思いして、見守り続けていたの?」

「う、うるせぇ、なんでそんなの……」

「僕らは時間に関することなら何でもできる。君の今までの行いも見られるんだ、たとえば君が前世の御劔に何をしたか、とかもね」

「……へぇ」


 言葉にしなくてもそれなら綾様の為に此処へきたのも、伝わるってことか。

 それは言葉にするのが嫌だから、助かるが……。

 気持ちを見抜かれるのは居心地が悪い。気まずいし、なんて反応すればいいのかも判らない。

 ふみがにっこり笑って、オレに抱きつく。

 オレは戸惑い、振り払うこともできず、口の中に砂が混じったときのような不快感が残る。


「この人気に入った! ねぇめぐ、僕はこの人天女にするぜ」

「はぁ!? ゴミツの取引見なかったの? この人、由嘉里の為に身を捧げただけで……」

「いいもん、事情なんてどうだって。ふみのもんだ、この人は。ねー、子犬ちゃん」

「チョロすぎるんだよ、ふみはいつも! だから僕が苦労するんだ」

「だって、永遠の時間をめぐと二人きりより、子犬ちゃんと過ごしたい。五百年も別の人へ恋していたのに、いきなり僕に恋するようになったら、お伽噺みたいじゃない?」

 うっとりとオレを見つめる眼差しは、恋する乙女そのもので、何だか兄貴に対しての綾様を思い出した。

 けど、綾様の視線と違うのはこいつには、色気がねぇってこと。

 色恋を知らないのか、抱きつく以外は何もしてこない。

 ただすり寄って、安心を求めるように息をついて懐いてくる。

 完全に好意であるが、恋ではないのだと判る。


「僕は知らないよ、ふみ。でも、ゴミツの思い通りにいくの嫌だから、邪魔はする」

「めぐってば、素直じゃないなぁ。めぐの記憶見てもいいんだよ?」

「やめてよ! あ、自己紹介してなかったね、僕は狛犬なんだ、名前はめぐる。こっちは獅子の二見ふたみ

 めぐは巡で、ふみは二見か。

 巡と目が合うと、巡はふいっと視線を反らして、少し拗ねた様子だった。

 オレは蟀谷を抑えながら、兎に角薬を作らないとと思った。

 さっきからこの二人、見ていて死相が出ているんだよ……。


「ふみ、あんまりデレデレしないでよ。人間なんかにさ、情けない」

「だって僕らを怖がらない人間だよ、懐かしくない? 昔はさ、僕らも人間に――」

「二見ッ!」

「――あ……うん、ごめん、めぐ。子犬ちゃん、兎に角ね此処に薬は作れないんだ。だから僕らの病気も治せない。それにこれは……」

「……一つだけある、此処にあって薬になるもの」

「え?」

「オレの血だ――オレは毒を沢山飲んできた。オレの血を使えば……毒も薬も作れるかもしれない」

「子犬ちゃん、嫌だ。ふみは嫌だよ、子犬ちゃんはもう僕のモノなんだから、子犬ちゃんを傷つけるのが子犬ちゃん自身でも絶対嫌だ。子犬ちゃんは綺麗でいてよ、そうだ、僕の昔の衣装着せてあげる。きっと綺麗だよ。ねぇ、だから――」

 二見はぎゅっと力強くオレをまた抱きしめた。

「だから、僕に簡単に命の欠片である血をあげるなんて言わないで……人間の時間を、化け物に分け与えないで」



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