プロローグ
シリーズ物です。第一章は過去編ですが、現在編以降になると、寿編と繋がります。
白い、一面の世界。
しんしんと降り積もる雪は、世界を全て凍らせていた。
オレも震えてるのは事実で、寒さのあまり手が悴むし、体温は既に奪われつつある。
何もかもが真っ白で、一瞬、ショートケーキを思い出した。
一つ、赤い華のような存在があるとするならば、オレの愛した生き仏様。
寒さに凍えているというのに、華々しい程美しい見目をした、僧侶。
隣で、オレを死なせまいとくっついてるこの御方。
この方のためならオレは――何処までも。
「ライアー、しっかりしてくれ! 駄目だ、お前様まで死ぬな!」
「――最期まで、貴方を、守ります。ご安心を」
「そのようなぼろぼろの姿で何を守れると言うのだ!」
街は丁度、節分で皆神社へお参りに行っていて、一人も姿を見せない。
いや、オレの視界が悪いからか?
やけに瞼が重くて、瞬きがしづらいんだ。目を閉じたら、死んでしまう――本能が告げていた。
何かもう笑っちゃいたくなる。
好きな人、ただ一人でさえ守れないのかと。身内から命を賭して、守ってやれと頼まれた人ですら守る力がないのかと情けない。
もっとオレに力があれば――権力があれば。誰もがひれ伏す権力があれば何かが変わっていただろうか。
こんな吹雪の中、誰かを呼びに行く体力もなく。
宿に泊まらせてあげる金も失い。
オレにできることなんて、オレが死ぬ間際まで、この人の傍にいることくらい。
もしくはこの人を託せる人を見つけるくらいか――。
びゅうびゅうと吹雪く白い塊は、容赦なくオレを凍らせていく。
吐息が白かったらまだ生きてる心地がするほうなんだって思い知る。吐息すらもう、出ない。
静かに肺を膨らませたりしぼませたりするだけの、僅かな鼓動。
この方の手も、赤くなって可哀想に――。
「綾様――お願いします、貴方だけでも生き延びて」
「嫌じゃ! リリーを失って、またお前様まで失うのは嫌じゃ!」
こんな時で恐縮だが、綾様に「失いたくない」と強く思わせて、泣かせてしまったことへとても嬉しく思ってしまう。
泣かせたくないけれど、それでもこの方は感情のままに泣き叫んだりしたことのなかった御方だったから。
そうであることを望まれていたから。
ショートケーキみたいな甘い世界で、たった一つしかない苺の貴方に出会えた。
その幸せに満たされていると言ったら、貴方は――怒るだろうか?
瞬きももうできない――ずるずるとオレの体は崩れて、地面へ倒れていった。
本来なら、そこで終わる筈だったんだよな。
<駄目だよ、子犬ちゃん、君はまだ死なせない>
不思議な声が聞こえて、懐かしさに見舞われる――。
ふと一つ、何かを思い出す。
ああ、そうだ、オレのために神様は死んだんだった――。
でもそんな思い、またすぐに消えていく。
呪われてるように。




