魔物と夜空
「魔物と少女」「魔物と少年」に出てくる“魔物”の日常です。時系列としては前述の二作より前となります。
あわせてお読み戴ければ幸いです。
“魔物”は周囲で一番高い山の頂に座り込むと、翼を畳んで大きく息をついた。
雪の季節にはまだ遠いが山の上ともなればかなり冷え込む。それが夜ともなれば尚更で、吐いた息は白く、風に吹き散らされていく。
人の子供ならくるまれるほど大きな水草の葉で作った包みを解き、中から指先ほどの木の実や掌ほどもある花を取り出した。
夜空を仰ぎ、木の実を一つ摘まむと殻ごと噛み砕く。鹿も食べない位に硬い殻も、“魔物”の牙は容易く砕く。
二個目の木の実を噛み砕くと、ほんの少し吐息に炎を混ぜて中の種を口の中で炙った。香ばしい匂いが鼻に抜ける。
森に入った狩人達がやっていた事を遠目に見て真似をしてみたが、これほどの味になるとは思ってもみなかった。
続けて、二個三個と木の実を口に放り込み、噛み砕き、炙ってから飲み込む。久し振りの食事にしては満足のいく味だ。
冷たい湧き水のように澄んだ風を大きく吸い込み、肩の力を抜いて横になる。
空に大写しされた丸い月を囲むように、九つの魔王が封じられたと言い伝えられる魔王星の幾つかがかすかに見える。
真っ直ぐ空へ向けて手を伸ばすが、中天の月は掌に収まりきらない。収まるのは精々、魔王星の一つが関の山だ。
“魔物”は手を下ろすと寝たまま花を爪先で摘まみ、花弁の一つを毟って口に放り込む。噛むと一瞬のほろ苦さの後に、後を引く刺激が舌に広がる。狩人達がこの花を擂って矢に塗っていたが、やはり毒が含まれているようだ。しかし毒のあるものは総じて味が良いものが多い。
人や動物ならば食べるのが命と引き替えでも、“魔物”の体は毒を食らっても痺れる事すらない。少々欲張って食べても人の営みに響きにくいので、“魔物”はよく毒のある草木を食べていた。
やがて持ってきた食べ物を全て平らげると、ゆっくりと体を起こす。
眼下に広がる森の奥に目をやり、街の灯に目を凝らす。
この近辺でかなり大きな街は、夜も更けているのに幾つもの明かりが見える。あそこまで大きな街ならそれを守る兵も多く、滞在する《魔物狩人》も五人十人ではきかないだろう。
山や森は気に入っていても“魔物”が棲むには少し厳しい。
追われるのはいい。慣れている。
ただ、人に怖がられるのはいつになっても慣れない。
ふと片手をあげ、街の方に手を伸ばす。
ここから見れば掌に収まるほどの灯の集いでも、そこは“魔物”が幾ら望んでもふれあえない灯だ。近づけはしても、空の星よりもまだ遠い。
伸ばした手を下ろし、空が白んでくるまで“魔物”は街を見つめ続ける。声も上げず、瞬きも惜しみ、見つめ続けた。
街の向こうに朝日が昇るのを見届けた“魔物”は、休めていた翼を広げて飛び立った。
風に乗り、流されるままに次のねぐらを探す旅はまだ終わらない。
眠れないのでモチベの赴くまま短めの話を書いてみました。
掌編以上ショートショート未満の長さなので、さっくりと読んで戴けていれば嬉しく思います。