体体育館での出来事、まるで奈良の大仏のようだ
体育館に到着した武内千郷は、その光景に驚かせていた。
体育館の屋根は吹き飛び、木で出来た床は大破。
波の様に荒れ狂う千に等しい人々の数。
その中で、武内千郷は始めて自分以外の人間を見た。
有象無象で多種多様の様に、姿形違えど、ソレは全て人に繋がる。
武内千郷は密かに感動を覚えた。
己以外にこんなにも人がいる事に。
あまりの感動に武内は両手を上げてその場で何回も飛んだ。
生前彼が歓喜した時に行う、踊りや舞いの様なモノである。
しかし不可解なのは、体育館が半壊していると言う事だ。
元々こうなっていたのかもしれないが、辺り構わず煙と火が出ているのはついさっき壊されたからと思うのが自然だろう。
しかし、今の武内に、そんな事どうでも良かった、そんな事、些細な事でしかなかった。
武内は渦巻くような人の数に、魅了され、そしてこんなにも、人とは恋しいものなのかと、実感させられてしまった。
「きゃははははははは!!死ね死ねェ!!ここが何処か知らねぇけどなぁ!! 人如きが吸血鬼様と対等だと思ってんじゃねぇぞぉ!!」
禍々しい声が、耳に伝う。
その声のせいか、武内の感動は少しばかり冷め、その男を睨む。
金髪で長髪、前髪はカチューシャで止められて、やはり武内と同じく学生服を着ているこの男は近くの人を鋭利な爪で切り裂いていた。
人々の血肉が飛び散り、動けない人間の足の骨を脚力で潰し、切り傷は骨まで達するモノもいた。
武内は何だアイツは、と思った。
武内は自然に感じ取る、彼は獣の類であると、獣と言っても小動物、草食を好む動物類ではない。
血を、肉を、他者を支配し、頂点に君臨する肉食動物の類。
微かにその血の匂いが、その男から臭うのだ。
だからこそ武内千郷は、この男が人々を襲う所を見ると怒りが込み上げて来る。
その怒りが、その男による虐殺か、人を傷つけられた事か、どちらなのかは分からない。
けれど、今彼は、目の前に佇むこの男の行動を止めなければならないと理解した。
一先ず、武内千郷はふっと息を吐いて―――――。
五十メートル先の男の下にたった一蹴で飛んで行った。
口元を大きく歪ませて、自分が最強だと信じて疑わない、その男の顔元に、生前鍛え上げられた力とその業を、無駄も躊躇も一切無く叩き込めた。
「きぃッ、」小鳥の様な声を弾ませて、後方へ吹っ飛ぶ男、もし、普通の人間であればとうに首は捥げていただろう。
「癇癪上げんな耳が腐ッど」
武内は耳障りだと言わんばかりに右拳に付着した男の血液を手で振るって落とした。
「い、てぇ、な、ぁあああオイぃいいいいいいいいいい!!」
大きく吹き飛んだ男の首は、武内の一撃によって首が百八十度曲がっていた。
本来ならば首の骨は折れる所か、首と体が分離されている筈だ、しかしそれでも未だ生きているのは、彼がこの世に認識されなかったものだからである。
「人間、如きが!! 、この高貴なる吸血鬼に!! 叶うと思っ――」
「知るかそんな生物」
掌でその男の頭部に張り手を上げる。
その一撃は額から脳へと衝撃を送り、脳髄ごと揺さぶりを掛ける。
脳震盪を起こし脳に一時的な思考回路の遮断を行わせ、失神に似た症状を巻き起こさせる。
そして有無を言わさず、男の胸元に片方の掌で衝撃を与える。
肋骨ごと粉砕しその先に動く心臓に負担を与え、強制的に心臓を止める。
「かッ、は。」
男の首は捻じ曲がり、背中の所に耳が引っ付いている状態で、彼が吸血鬼と言う化け物を連呼するのも頷ける。
しかし、吸血鬼でさえも心臓が動かなければただの肉の塊、化け物である吸血鬼でさえも、弱点は人間と同じだからだ。
「万来の生物ならば、皆共通することは弱点が脳と心臓よ」
武内は、己の業を語る。
彼の業は、局部を破壊、もしくは不能にする局部対象の武術。
それは生物が誕生してから当たり前の業であり、現代であれば非道と、正々堂々では無いと、そう言われる事もあるが。
元より闘争とは、全力を尽くして敵に勝つというものであり、手段や経過などに意味は無い。
それが彼の鍛えた業であり力、日ノ本最強、生物類最強を目指してきた彼が辿り着いた道である。
「心臓を潰せば脳は死に、脳を潰せば心臓は死ぬ、ならば両方を潰せば絶対死である事は必然よ」
口から血を吐き、もがき苦しむ男は、まるで羽を捥がれた鳥の様に蹲っている。
しかし武内は嫌な雰囲気が漂って不気味と感じてしまう。
心臓を止めた筈なのに、その男から弧を描くように飛び散る血液が、如何見ても動いているようにしか見えない。
心臓を止めれば血流も血液の流れも止まるはず、それなのに、例え口に含んだ血液を吐いたとしても、二メートル先まで飛び散ることはあり得ない。
「やりやが、たな、手前、こ、この、バードル・バードリー様を、傷つけやがったな!!」
折れ曲がった筈の首は既に自然治癒を終えている、その驚異的とも治癒も、やはり吸血鬼ならではのモノであると考えられる。
吸血鬼・バードル・バードリーは、己の右指に生える爪を武内千郷に向けて、咆哮交じりの罵倒を叫んだ。
「死ねェ!!この人間ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
それはまさしく獣、肉食動物が腹をすかせ、なりふり構わず獲物に特攻する様に、今の彼には武内しか見えていなかった。
しかし、その特攻は、見事なまでに無駄で終わってしまった。
「大仏鉄拳!!」
「ぷぴッ」
遥か上空、体育館の天井を付きぬけ、まさしく天から振り下ろされた黄金に輝く強大な拳は、バードルバードリを蚊の様に潰した。
突然の出来事に、武内千郷は、その拳の被害に合わない様、後ろに回避するだけで精一杯だった。
ギャラリーらは依然呆けて、口を大きく開けながらその強大な拳をただただ眺めている。
「んも~~、別に殺すなって事は言わないけどさぁ……………流石に入学式前で殺しすぎ、もうキミ退場ね」
天から響く声は、輝く光と共に現れる。
それは、光り輝く黄金の鎧を着込んだ兜の騎士、とでも言えば良いのだろうか。
顔を見ようにも、神々しい光によって顔は愚か体格でさえも分からない。
ただ一つ分かることは、その声が男性らしきモノである事と、バードル・バートリーを蚊の様に潰すほどの圧倒的戦力を持つ人間、と言う事だけだ。
「は~い皆さん整列~、今から入学式を行いますよ、整列整列~」
不信、恐怖を覚えながらも、皆その騎士に惹かれる様に素直に従う。
武内千郷も、人々が大人しく従っている為、武内も素直に従うことにした。
「うんうん、今年の生徒は大人しく言う事を聞いて大変よろしい」
全校生徒を見回すように、教卓に佇む騎士、その光る両手を二回ほど叩くと、彼の後ろに、仮面を被った中十二人の人々が並ぶ。
それらの仮面には違いはあるが、それらの仮面には、共通すべき所がある。
その十二人には鼠の仮面を被った女性姿があり、牛の仮面を被った男性姿があり、虎の仮面を被った女性姿があり、兎の仮面を被った男性姿があり、竜の仮面を被った女性姿があり、蛇の仮面を被った男性姿があり、馬の仮面を被った女性姿があり、羊の仮面を被った男性姿があり、猿の仮面を被った女性姿があり、鳥の仮面を被った男性姿があり、犬の仮面を被った女性姿があり、猪の仮面を被った男性姿があった。
要するに干支を模した仮面の集団だ。
狂気すら覚えた武内は、同時にこれらと戦えばどうなるのだろうか、と思ってしまった。
「紹介しよう、彼らがこの学校の教師である、其々の担当は異なり、組も違う、学園戦争にとって大事な人物となるだろう」
「そこで私も、この光り輝く、まるで修正の様な光を取り外したいと思う、君達とは真摯に付き合う仲となるからね」
そう言って、その騎士に纏まった輝きが弱まっていく。
だんだんと光が消え入りかけて、一瞬眩い光が皆の目を覆った。
一瞬の間が開いて、武内は目を開くと、その光り輝く騎士の残照は消えていた。
「始めまして、私がこの学園の理事長、ティラス・ブルールです、皆よろしく」
その変わり、ティラス・ブルール理事長は、大仏の仮面を被っていた。