山育ちのタケウチチサト
《ようこそ七雄学園へ》
錆びれた鋼鉄の看板に、案内所の様に書かれたそのメッセージは、その下に小さく《七雄学園まで残りゼロメートル》と書いてある。
武内千郷は、その案内看板を呆然と眺めながら、その看板の後ろに立つ《七雄学園》を騒然として見やる。
視界に入らない程の強大な学園は、学園と言うよりも要塞に近い風景で、所々に巨大な鉄柱が学園に刺さっている。
イメージカラーを言えば灰色で、例えるのならば、スクラップ工場に捨ててある鉄の塊に近い。
入り口の門とその間を繋ぎ止める様に吊るされた看板には、《入学式》と書いてあって、門の先に鉄で立てられた机の上にパンフレットが置かれてある。
パンフレットを手にとって、武内千郷は、何故自分がここにいるのか理解できなかった。
本来ならば、武内千郷は実年齢で言えば七十を優に超えて、老人に見合う肉体を持っていた。
物心付いた時から山にて修行を積み、日ノ本最強、生物類最強の称号を得るべく鍛え上げてきた肉体と業。
一日も欠かさず修行に励み、自然と共に過ごした。
その成果として、四十辺りで体の変化に気づき、五十を超える辺りで身の体積よりも五倍大きい岩を、片手で持ち上げられる様になった。
六十を越える頃には拳を振るだけで木々の葉を降ろす程の拳圧を持つようになり、未だ自身の限界でさえ超えることは無いと思い始めるようになる。
しかし、その十年後、七十の歳に武内千郷は自身の体が持たない事を知った。
余命は最低でも二日、持てば三日と、自身の天命を知り、その日に初めて里に降りる事を決意した。
すでに体は老い、一歩踏み出すたびに視界が暗くなる。
己が歩く度に寿命を減らしているのは百の承知、それでも彼は里に下る。
それは何故か、単純明快、彼は生まれてこの方、自分以外の人間にはあった事が無いからだ。
そうおかしな話ではない、彼が今まで住んでいた山には人を寄せ付けない様に呪い類の伝承が記され、唯一動物類や自然物が破壊されなかった場所である。
故に、己の修行の成果を魅せる事は無く、今己がどれ程の力量を持つか未だに分からず、死ぬ前にこの力を、練り上げた一撃を、他人に見てもらいたかった。
それだけが、武内千郷の行動原理であり願望であった。
しかし、山を下った武内千郷のその願いは当然、叶う事はなかった。
山を下り、小さな里が見えた時には既に武内千郷の寿命は枯れ、意識は消え入りかけていた。
死を目の前にした武内千郷は、自らの天命と後悔の念を感じながら、此の世を去った。
その筈なのに。
今この地に立つ武内千郷は若き体を持ち、そして黒い服を着ている。
黄金色に輝く円状の固形物が八つ取り付いていて、薄い布を巻いて生涯を過ごして来た武内千郷はそれが学生服だと言う事を知らなかった。
山育ちの武内にとって学園の現代文明はまるで鉄によって遮られた鶏の卵に見えた。
「やあ、武内千郷さん」
武内は声のする方へ向く、その先は学園内の校舎であった。
校舎から現れたのはウサギの仮面を被った紺色のビジネススーツを着た男だった。
仮面で隠れているが、声が低く、ビジネススーツを着ている為、男として判断したらしい。
「お前ァ、誰だ? 」
「あぁ、私は子兎です、子兎文目、この学校の教師としての位置に付きます」
「学校? 教師? 何だそら?」
文明も無い所で育った為、学校はおろか教育自体武内には無かった。
子兎は肩を震わせ、笑う様に明るい口調で武内に話しかける。
「学校―――いぇ、この七雄学園は、彼方の願望を叶える為の世界です」
「この学校で過ごす一年間、その年月はきっと、彼方を退屈させる事はないでしょう」
「―――それは、どういう」
武内の言葉は最後まで子兎に届くことは無かった。
突如爆破した南東付近で、爆音に掻き消されてしまったのだ。
「あぁ、始まりましたか………場所は体育館付近、入学式を行っている場所ですね」
「―――?」
「爆破した場所に行けば、分かりますよ、ここが、彼方の望む世界だと言う事が」
子兎はそれだけ伝えると、ゆらりと校舎へと入っていった。
それはまるで幻影の様で、既に武内千郷の記憶に彼は残っていなかった。
「がっこう………己の力が、他者に見られるのか? ……ならば、往くしかなかろうて」
ゆるりと歩き始める、目指す場所は南東、入学式の最中である体育館。
武内千郷の学園戦争は、今日から始まる。