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証人は煌めく

作者: 宮原 皐子



「…………あの、」



初めて塾をサボって夜の街をふらふら宛もなく歩いた 。


一時間もしない内にやることがなくなって、仕方なく家の近くの公園で暇つぶし。


携帯を開くと、塾が終わるまであと二時間近くあって ……初夏の夜は気温も程良く、いつの間にかベンチでうとうとしてしまったみたいだ。



「えっと、」



吹き付ける風に起こされて、目を開けた私は視線に入った男の子を見て固まった。


私の前にしゃがんでじっとこっちを見てくるその人は 、同じ学校の制服を着ている。


綺麗に染まった茶色の髪と、色んなところに見え隠れするシルバーアクセサリー。


少しきつい目つき、彼の横にあった薄っぺらな鞄はボロボロだった。






神谷(かみや) (じゅん)



学校で知らない人はいないくらいの有名人だ。


もちろん、良い噂は聞かないけど。


ずっと黙視されるこの状況に、どうしていいか分からず戸惑う私。


学校一の不良を前にして、下手に動くことも出来ない。



「……あの、」



三回目の呼びかけに彼の口がやっと動いた。



「優等生が、こんな時間に何やってんの」


「えっ、」


「学年トップの市川さんが、夜の10時前にこんなとこで何やってんのって聞いてんの」



おもむろに立ち上がって制服を叩きながら、彼は私の名字を口にした。


正直、その響きにリアルさを感じなかった。


彼が私を知ってることが、非現実すぎて理解できない。






「家出?」


「まさか」


「だよね」



短い会話が続く中、彼は動けない私の隣に腰掛けて背もたれに身体を預けた。


頭の中が「なんで」ていっぱいになる私に構うことな く、彼は空を見上げて停止。



……また、だんまりだ。



「神谷くんこそ、なんでこんなとこにいるの?」


「……質問返し。そんなに自分を見せるのが嫌い?」


「…………」



図星を突かれて、彼とは逆に私は地面を見下ろした。



「俺は夜が好きだから。こんなに綺麗な星、家にいちゃ見れないから。だから、ここにいる」






そっか、今日は星が綺麗なのか。


俯いた私には見えない。


いつから私は、星を見る余裕さえなくしてしまったんだろう。



「で、そっちは?」


「私は……なんでここにいるんだろ。わからない」


「そか」



わからない、なにもかも。



「自分が何したいのかも、どうなりたいのかも、わからないの」



どうして今、ここで生きているのかも。


なんで、必死に勉強しているのかも。



「私って、なんなんだろう」



膝に置いた手をぎゅっと握りしめる。


掌に爪が食い込んで、痛かった。






隣で、短く息を吐いたのが分かった。


……呆れられたな。


ギシッと音がして、私の視界に彼の手が入り込んだ。



「力抜けよ、」



強く握りすぎて白くなっていた私の手に、彼のそれがそっと重なる。


解けた拳の中には、くっきりと爪痕がついていた。



「俺達、似てるかもな」


「……神谷くんと、私が?」


「生きてる意味を探してあがいて、自分を傷つける」



重たい頭を上げて彼を見ると、眉を下げて弱々しく微笑っていた。


これが皆が恐れる彼の顔だなんて、笑ってしまうよ。



「俺は喧嘩、あんたは勉強で自分の存在を確かめてる 」






「だから、ほっとけない」



彼の大きな腕に包まれて、久しぶりの他人の体温に当てられて、私は声を上げて泣いた。


彼のシャツをくしゃくしゃに握って、子どもみたいにわんわん泣いていた。


ぽんぽん背中を叩く彼の手があまりにも温かいから、 ずっとこのままでいれるんじゃないかって錯覚してしまう。



「気になってた、ずっと」


「……っく、」


「学校で見るたび、脆くて壊れちまいそうで、怖かった」


「………っ…」



降ってくる声は、到底、不良くんが言うようなことじゃなくて。



「ここで寝てて、なんか、本当に起きんのかって思って」



回された腕に力が入る。


必然的に私の顔は彼の胸に押しつけられて、心臓の音 がダイレクトに伝わってきた。






「あんたの存在意義が、俺になればいいのにって思った」



雰囲気に流されていいものか、一瞬だけ考えたけど答えはすぐにでた。



「……神谷くんの存在意義も、私に、なるのかな」


「……うん、」


「私、喧嘩は嫌だな」


「もうしない、絶対。約束」



距離を取るために彼の胸を押すと、少しして腕の中から解放された。


間近にいる彼の顔は、街灯の淡い光を浴びてよく見え た。


耳まで真っ赤。


なんだ、本当の彼はこんなにも可愛い人だったんだ。



「よろしくお願いします」



そう言って笑ってみせると、彼はぎこちなく笑顔を作ってくれた。




end.







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