刀神=いざ、去らば=
嗚呼、嗚呼……。
わたしの主様…。
どうして、どうして……!
どうか早くお目覚めを。そして、わたしを握って振るいなさい。
貴方は武士なのでしょう?“誠”の武士なのでしょう?
ならば、早くお目覚めを。立ち上がり、わたしをその左腰に差して、戦場に立ちなさい。
彼方遠く、刀に代わる新たなる武器、“銃”の“声”が聴こえる。
憎い、憎くてたまらない。
わたしの主様に傷をつけた。愛しい愛しい、わたしの主様に。
長きにわたり、共に戦ってきた。主様の腰に在り続けてきた。
主様曰く、今、時代が変わろうとしているらしい。この蝦夷の大地を踏んだときから、主様や主様の部下や上司達が語っていた。
『時代が変わる』
『刀無き武士の時代が来るな』
『終いか』
『終いさ。俺たちは終いさ』
『刀も終いさ。銃が主役となった』
五稜郭と呼ばれる館での会話。
わたしが終わると?主様が死ぬと?ふざけるな。
しかし、いざ戦が始まれば、わたしは役立たずだった…。こうして、主様を傷つけた。
「主様!」
声は届かない。残念ながら、姿も見えない。
わたし達、刀神は刀に宿りし身。原理は霊に同じ。
霊感の無い人間には触れるも、話すも叶わない。
このまま、主様が冷えてゆくのを黙って見てろと!?そう思っていると、奇跡が起きた。
「…誰、だ」
「主、様…?」
「なんか、透けてやがるな、お前。黄泉の、使者かなんかかよ……」
「わたし、は…」
なんてことだ!
主人の間際の時に願いが叶うとは!!
「…わたしは、“兼定”。主様の刀にございます」
「俺の、刀?たしかに、俺の刀は兼定という名だが……。んな、馬鹿な」
「主様、どうぞわたしを再び握り、憎き新政府の犬どもを薙いで下さい。銃とやらの弾丸も、耐えて見せましょう…。主様はこんな死に方をされるような器の者ではありません!!さあっ!!」
「いや、無理さ」
「何故!!」
「俺は、もう十分さ。生ききった…いや、生きすぎた。兼定。お前が本当に俺の刀だというのなら、知っているだろう」
「……………」
「俺は、“死に遅れた”んだよ。とっくの昔に死んでるはずだった。うっかり、“誠”を背負ってこんな所まで来ちまったが……。もう、死んでんだよ、本当は。みんなを、仲間を失い始めた頃から…」
「主…」
「それに、これは俺に似合いの死に方さ。これ以上にないってくれぇにな」
主様は微笑んだ。
季節外れの雪の空を見て、血まみれの手を伸ばして何事か小さく呟いて、わたしを見る。
役者のような、美しい顔立ち。
それが雪によってさらに映える。
嗚呼――、逝ってしまうのか。
主様はわたしが宿る刀身を一撫でして言った。
「今まで、ありがとう。兼定。お前は、俺の、最高の相棒だった、よ…――」
「…身に余る光栄っ。ごゆっくりお休みなさって下さい」
こうして、わたしは主様を失った…――。
【願わくば、また再び、貴方の元へ……】