第四章 貢献の証明
審査委員会の業務は、想像していたよりも細かかった。
新規提案の承認。
表示基準の微調整。
例外事例の検討。
どれも社会を壊すものではない。
むしろ、整えるための作業だった。
「最近、“貢献不足”の相談が増えています」
事務局の担当者が資料を示す。
《低貢献帯 相談件数:前年比+18%》
「能力が低いわけではない。ただ、目立った活動がないという理由で、評価が伸びないと感じる市民が多いようです」
「実際の指数に問題は?」
「統計的にはありません」
会議室は静かだ。
問題はない。
だが、相談は増えている。
「自己申告型の活動登録枠を広げるのはどうでしょう」
若い委員が提案する。
「ボランティアや地域活動を、より細かく加点対象にする」
「水増しの温床になります」
別の委員が即座に否定する。
「改ざんは不可能ですが、形式的な活動が増える」
合理的な懸念だった。
尾崎は資料を見つめながら、口を開く。
「加点の幅を広げるのではなく、減点基準を緩める方が影響は小さい」
視線が集まる。
「現行の“役職辞退二回で貢献指数微減”の条項。あれは、撤廃しても運用上の問題はないはずです」
数秒の沈黙。
「制度の一貫性が崩れます」
「辞退が続けば、消極的と判断されるのは自然です」
反論は穏やかだ。
尾崎はそれ以上押さなかった。
まだ、壊す話ではない。
少し緩めるだけでいい。
だが、その“少し”がどこまで許されるのかは、誰も明確に示せない。
帰宅途中、再び駅前の広場を通る。
あの集まりは、人数が減っていた。
今日は五人ほど。
プラカードも小さい。
《表示しない自由を》
《名前は責任だけではない》
通行人の視線は冷たいわけではない。
ただ、無関心だ。
尾崎は足を緩める。
先日の老人が、ベンチに座っていた。隣には女性。妻だろうか。
端末は持っていない。
「この街は便利になった」
老人が言う。
「役所も早いし、揉め事も少ない」
尾崎は黙って聞く。
「でもね、最近は若い人が忙しそうだ」
隣の女性が続ける。
「“貢献しなきゃ”って顔をしてる」
尾崎は初めて口を開いた。
「義務ではありません。制度上は、任意です」
二人は、穏やかに笑う。
「そう書いてあるんだろうね」
それ以上は言わない。
責める調子はない。
ただの感想のようだった。
尾崎は軽く会釈し、駅へ向かった。
その夜、端末に新しい通知が届く。
《内部分析レポート:自殺者傾向》
宮本の件を含めた、直近三か月の統計。
A帯割合:過去平均より微増。
役職歴保持者:全体の62%。
数字は冷静だ。
明確な因果関係は認められない。
ただし、“責任保有期間中”の発生率がわずかに高い。
誤差の範囲、と注釈が付いている。
尾崎はスクロールを止めた。
役職は名誉だ。
同時に義務でもある。
その前提は変わらない。
だが、義務が長く続いたとき、
人はどこで休むのか。
制度は、休むことを禁じてはいない。
辞退もできる。
非表示もできる。
ただ、選択には記録が伴う。
履歴は残る。
尾崎は自分の画面を開く。
推薦辞退:0
役職歴:連続更新中
貢献指数:上昇傾向
理想的な軌跡。
そこに、空白はない。
もし一度、辞退したら。
もし一度、非表示にしたら。
この軌跡に、凹みができる。
それは誤差だろうか。
それとも、警告だろうか。
尾崎は、非表示設定の項目を開いた。
《表示設定を変更しますか》
指先は止まったまま動かない。
窓の外では、街のビジョンが青く光っている。
信用は、安心の証。
正しく表示される社会。
尾崎は、まだボタンを押していない。
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