表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【短編小説】防波堤のない港

掲載日:2026/02/21

敷き詰められた桟橋の上を歩く。

 質の悪い桟橋は板と板の隙間から黒い水が見える。

 海だ。

 防波堤はない。囲いの無い港からは遠くに大型タンカーが見える。夕方のオレンジと群青色の海に水平線だけが残る。


 目の前には中型の漁船が数隻、静かに揺れている。輪郭がにじんでいた。太陽に引かれた夜の空に逆光のシルエットが溶けている。


 その中の一隻、古い中型船体に人工的な赤い光が反射している。水面も赤い光を返す。

 サイレンは無い。

 中型船が桟橋に寄ってくる。

 その船の中から白い制服の男が出てくる。帽子のつばが影になって目が見えない。

 ロープが投げようとする乗組員を、その白い制服の男は一瞬、止めようとした。

 手を伸ばし、空を掴む。まるで赤い光を握り込んだかのようだった。

 乗組員の男が投げたロープは係柱に絡む。


 制服の男は小さく頷き、船内から老婆を連れ出す。老婆は軽すぎるように見えた。布の塊のようだ。

 制服の男はそのままためらいなく船を飛び降りる。

 四、五メートルはある。

「危ねぇ」

 声が出たのかどうか分からない。

 板が軋む。

 着地の瞬間、制服の男の身体は薄くなる。辞書のような厚みにまで身体を圧縮した。

 ページの束のように平らになる。衝撃は音を立てずに拡散する。


 次の瞬間、制服の男は原型を取り戻して歩き始めた。

 皺一つない。

 抱えられて一緒に飛んだ老婆も無傷だった。

 桟橋が揺れる。

 板がわずかに波打つ。敷き詰められた桟橋の隙間から黒い波が見える。

 満潮だ、と誰かが言う。

 おれの足元が柔らかくなる。板の下から水が滲む。靴底が湿る。

 周囲にはいつのまにか数人のギャラリーがいる。顔が曖昧だ。全員、同じサングラスをかけている。


 白い制服の男は歩いていく。今度は薄くならない。

 その足元の板が、わずかに沈む。

 防波堤はない。

 赤い光が、水面からゆらゆらとこちらへ近づいてくる。


 おれは赤い光に背を向けて歩き出した。

 群青が深い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ