第98話: 嫉妬と独占
侯爵様の警護が始まって二日目。
今日は、避けられない社交の場があった。王都の貴族たちが集まる午後のサロンだ。
「エリアナ、行く準備はいいか?」
侯爵様が尋ねた。
「はい」
私は頷いた。正直、こういう場は苦手だ。でも——侯爵様が傍にいてくれる。それだけで、少し心強い。
「何かあったら、すぐに私に言ってくれ」
「はい」
私たちは馬車に乗り、サロンへと向かった。
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会場は華やかだった。
色とりどりのドレスに身を包んだ貴婦人たち、礼儀正しい貴族の男性たち。優雅な音楽が流れ、シャンデリアの光が会場を照らしている。
「侯爵様、お久しぶりです」
「やあ、元気だったかね」
侯爵様は社交辞令を交わしながら、常に私の傍にいてくれた。
「エリアナ様、お綺麗ですね」
若い貴婦人が話しかけてきた。
「ありがとうございます」
私は礼儀正しく答えた。
「そのペンダント、素敵ですね」
「これは......侯爵様からいただいたものです」
「まあ!お幸せですね」
貴婦人は嬉しそうに微笑んだ。
しばらく会話を楽しんでいると——
「失礼します」
若い貴族の男性が近づいてきた。
「エリアナ様、初めてお会いします。私はカイル・ラングレイと申します」
「初めまして」
私は礼儀正しく頷いた。
「噂はかねがね。王都一の美女と伺っていましたが、噂以上でした」
カイルは笑顔で言った。
「そんな——」
「よろしければ、少しお話ししませんか?」
カイルは私に手を差し出した。
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その瞬間——
侯爵様の雰囲気が、変わった。
空気が、ピリッと張り詰める。
「カイル卿」
侯爵様の声は、低く冷たかった。
「侯爵様......?」
カイルは戸惑った表情で侯爵様を見た。
「彼女は、私の大切な人だ」
侯爵様は私の腰に手を回し、そっと引き寄せた。
「他の男は——近づくな」
その言葉は、明らかな警告だった。
「し、失礼しました」
カイルは慌てて頭を下げ、去っていった。
私は驚いて、侯爵様を見上げた。
「侯爵様......?」
侯爵様の目は、深い青色に燃えていた。
「すまない。少し、過保護だったかもしれない」
でも——その表情は、全く謝っているようには見えなかった。
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サロンを出て、馬車に乗り込むと——
「エリアナ」
侯爵様が私の手を取った。
「さっきは、少し強く出すぎたかもしれない」
「いえ......」
私は首を横に振った。
「どうしてですか?」
「どうして......?」
侯爵様は私の目を見つめた。
「君が他の男に触れられるのが——我慢できなかったんだ」
その言葉に、胸がドキドキした。
「嫉妬、ですか?」
「ああ」
侯爵様は率直に頷いた。
「初めて感じた。こんなに強い独占欲を」
独占欲——。
私は、独占されている。
その実感が——どこか、嬉しかった。
「エリアナ、君は私のものだ」
侯爵様の声は、低く熱かった。
「誰にも渡さない」
「......はい」
私は頷いた。
顔が熱い。心臓が激しく鳴っている。
「君だけを見ていたい。君だけに触れていたい」
侯爵様は私の頬に手を添えた。
「それは——わがままだろうか?」
「いいえ」
私は首を横に振った。
「私も——侯爵様だけを見ています」
その言葉に、侯爵様の目が優しく緩んだ。
「本当か?」
「はい」
「それを聞いて——安心した」
侯爵様は私をそっと抱きしめた。
馬車の中、二人きりの空間。
温かい。彼の胸は、いつも温かい。
「君は私のすべてだ、エリアナ」
侯爵様の声が、耳元で囁く。
「私も——です」
私は彼の胸に顔を埋めた。
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屋敷に戻ってから、侯爵様は私を庭園に連れ出した。
「少し、歩かないか?」
「はい」
私たちは並んで、庭園の小道を歩いた。
夕暮れの光が、優しく木々を照らしている。鳥のさえずりが聞こえ、花の香りが漂う。
「エリアナ」
「はい」
「さっき言った言葉——本心だ」
侯爵様は立ち止まり、私の手を取った。
「君を独占したい。君のすべてを、私だけのものにしたい」
その言葉は——あまりにも率直で、熱かった。
「それは——重いだろうか?」
「いいえ」
私は首を横に振った。
「重くなんて、ありません」
「そうか」
侯爵様は安堵の表情を見せた。
「むしろ——嬉しいです」
「嬉しい?」
「はい」
私は頷いた。
「愛されている、と感じます」
侯爵様の目が、優しく輝いた。
「愛している——その通りだ」
「侯爵様......」
「君を愛している、エリアナ」
侯爵様は私の両手を取った。
「この気持ちを、受け取ってくれるか?」
涙が溢れた。
「はい」
私は頷いた。
「私も——愛しています」
その言葉を聞いて、侯爵様は優しく微笑んだ。
「ありがとう」
彼は私を抱きしめた。
庭園の静けさの中、私たちはただ——抱き合っていた。
風が優しく吹き、花の香りが漂う。鳥が歌い、木々が揺れる。
全てが——幸せだった。
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夜、侯爵様は私に紅茶を淹れてくれた。
「はい」
「ありがとうございます」
私たちは窓辺に座り、星空を見上げた。
「綺麗ですね」
「ああ」
侯爵様は私の肩を抱いた。
「でも、君の方が綺麗だ」
「もう——」
顔が熱くなる。
侯爵様は優しく笑った。
「エリアナ」
「はい」
「今日、カイル卿に嫉妬してしまった」
「分かっています」
「恥ずかしいことだが——これからも、きっと嫉妬するだろう」
侯爵様は私の目を見つめた。
「それでもいいか?」
「はい」
私は頷いた。
「むしろ——嬉しいです」
「嬉しい?」
「はい」
私は微笑んだ。
「私だけを見てくださっている、と感じるから」
侯爵様は優しく微笑んだ。
「その通りだ。君だけを見ている」
「私も——侯爵様だけを見ています」
私たちは手を繋いだ。
温かい。彼の手は、いつも温かい。
「ずっと、このままでいたい」
私は小さく呟いた。
「私もだ」
侯爵様の声が、優しく響いた。
星空が綺麗だった。無数の星が、私たちを見守っているようだった。
しかし——この平和な時間の裏で。
暗い影が、確実に近づいていた。
**次回予告**
平和な時間の終わり。結社の襲撃が、ついに始まる。エリアナと侯爵様を待ち受けるのは——。
第99話「襲撃」に続く。




