第96話: 暗雲
幸せなデートから一日が経ち、私は宿舎の自室でくつろいでいた。首元のペンダントに触れる度に、昨日の温かい記憶が蘇る。
——ずっと、こんな日々が続けばいい。
そう思っていた矢先だった。
扉を叩く音が響いた。
「エリアナ様、侯爵様がお呼びです」
侍女の緊迫した声に、胸騒ぎがした。
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侯爵様の執務室に入ると、彼は窓際に立っていた。いつもの優雅さはそのままだが、肩に力が入っている。
「侯爵様」
「エリアナ」
侯爵様は振り向いた。その表情は——普段の柔和さではなく、どこか厳しい。
「座ってくれ。話がある」
私は促されるまま、椅子に座った。心臓がドキドキする。
「何か......あったのですか?」
「ああ」
侯爵様は静かに頷き、机の上の書類を私に差し出した。
「フィリップの報告だ。読んでくれ」
私は書類に目を通した。
『王都で不審な事件が続いています。魔力の乱れ、行方不明者の増加、そして——結社の印が複数の場所で目撃されました』
手が震えた。
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「結社......ですか」
「ああ。彼らは今、活動を活発化させている」
侯爵様の声は低く、重い。
「どうして——」
「理由は分からない。だが、これは偶然ではない」
侯爵様は私の目をまっすぐ見つめた。
「エリアナ、君には危険が迫っている可能性がある」
その言葉に、背筋が凍った。
「私に......?」
「まだ確証はない。だが、念のため警戒してほしい」
侯爵様の表情は真剣だった。
その時、扉がノックされた。
「失礼します」
フィリップさんが入ってきた。いつもの落ち着いた雰囲気とは違い、どこか緊張している。
「侯爵、追加の報告があります」
「言ってくれ」
「今夜、裏通りで不審な人物が目撃されました。結社の服装をしていたとのことです」
「裏通りか——」
侯爵様は眉をひそめた。
「調査が必要ですね」
フィリップさんが提案した。
「ああ。今すぐ行こう」
侯爵様は立ち上がった。
「私も一緒に——」
「エリアナ」
侯爵様は私の言葉を遮った。
「危険だ。ここで待っていてくれ」
「でも——」
「頼む」
侯爵様の目は、どこまでも真剣だった。
「......分かりました」
私は頷くしかなかった。
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侯爵様とフィリップさんが出て行った後、私は一人、執務室に残された。
静寂が重くのしかかる。
結社——あの恐ろしい組織が、また動き出した。
窓の外を見ると、夜の闇が広がっている。街灯の明かりが、小さく揺れている。
私は語り箱を取り出した。淡い青色の光が浮かび上がる。
> 結社の狙いは何ですか?
【ことり】
*************
確率: 60%
分析結果を共有します。結社の活動パターンから、特定の人物を狙っている可能性が高いです。
目的は不明ですが、魔力の乱れと行方不明者の増加から、何らかの儀式の準備が疑われます。
*************
[魔力: 140/150] (-10)
特定の人物——?
まさか、私なのだろうか。
胸が締め付けられる。
その時、扉が開いた。
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「エリアナ」
侯爵様が戻ってきた。
「お帰りなさい。何か......分かりましたか?」
「ああ」
侯爵様は私に近づき、真剣な表情で告げた。
「裏通りで、侵入者の痕跡を見つけた。彼らは——この宿舎を監視していた形跡がある」
血の気が引いた。
「私を......?」
「まだ断定はできない。だが、可能性は高い」
侯爵様は私の肩に手を置いた。
「エリアナ、聞いてくれ」
彼の目は、深い青色に燃えていた。
「君を守る。絶対に離れるな」
その言葉は——命令ではなく、誓いだった。
「......はい」
私は頷いた。
「私は常に君のそばにいる。誰にも、君を傷つけさせない」
侯爵様の強い口調に、私は思わず涙が溢れそうになった。
「ありがとうございます」
「礼を言うのは私の方だ」
侯爵様は優しく微笑んだ。
「君が無事でいてくれることが、私の願いだ」
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しばらくして、侯爵様は紅茶を淹れてくれた。
「飲んでくれ。落ち着くだろう」
「ありがとうございます」
私はカップを受け取り、一口飲んだ。温かい紅茶が、喉を通っていく。優しい香りが鼻をくすぐる。
緊張が少しずつ和らいでいく。
「おいしいです」
「それは良かった」
侯爵様は私の隣に座った。
「エリアナ、怖いか?」
「......正直に言えば、はい」
私は頷いた。
「でも、侯爵様がいてくださるから——大丈夫だと思えます」
「そう言ってくれて、嬉しい」
侯爵様は私の手を取った。
「私も、君がいてくれるから——強くいられる」
その言葉に、胸が温かくなった。
私たちは無言で手を繋いでいた。静かな時間が流れる。
暖炉の火が、パチパチと音を立てている。紅茶の湯気が、ゆらゆらと揺れている。侯爵様の手は、いつも通り温かい。
「大丈夫。私が守る」
侯爵様が静かに言った。
「何があっても、君の傍にいる」
「......はい」
私は彼の手を、強く握り返した。
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その夜、私は自室に戻った。
ベッドに横になっても、なかなか眠れない。
結社——彼らは何を企んでいるのだろう。
そして、本当に私が狙われているのだろうか。
窓の外では、風が木々を揺らしている。葉っぱが擦れる音が、不安を煽る。
私は首元のペンダントに触れた。
昨日、侯爵様がくれたペンダント。
これは——彼の想いが込められている。
「守ってくれる......」
私は小さく呟いた。
侯爵様が、傍にいてくれる。
それだけで——少しだけ、安心できた。
でも、心のどこかで——
嵐の予感がしていた。
静かな夜の向こうに、何かが近づいてくる。
その影は——冷たく、暗い。
私は目を閉じた。
明日、何が起こるのだろう。
不安と期待が入り混じったまま、私は眠りについた。
**次回予告**
エリアナが狙われている——その真実が明らかになる。侯爵様の決意と、二人の絆が試される時。
第97話「狙われるエリアナ」に続く。




