第80話: 裏切り者
次の日の夜。
再び、アレクサンダー様の私室に招かれた。
昨夜の話の続きがあるのだろうか。扉をノックして、中に入る。
暖炉の火が、今夜も静かに燃えていた。
「来てくれたか」
アレクサンダー様が、ソファを指差した。
私は、座った。彼も、向かい側に座る。
「昨夜は、ルシアの話をしたな」
「はい」
「今夜は、その続きを話したい」
彼の表情が、少し強張っている。
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「裏切り者のヴィクター」
アレクサンダー様が、その名を口にした。
「彼は、元々は私たちの仲間だった。ルシアの研究チームの一員だ」
私は、静かに聞いていた。
「ヴィクターは、優秀な魔法使いだった。理論も、実践も、申し分なかった」
「でも、彼には野心があった。力を求め、名声を求めていた」
暖炉の火が、パチパチと音を立てている。
「ルシアの研究成果を、自分のものにしたがっていた。だが、ルシアはそれを許さなかった」
アレクサンダー様の拳が、強く握られている。
「だから、彼は結社に情報を売った」
その言葉に、私は胸が痛んだ。
「金と引き換えに、ルシアの居場所を教えたんだ」
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「あいつだけは...許せない」
アレクサンダー様の瞳に、深い憎しみが宿っていた。
「彼のせいで、ルシアは死んだ。私の人生は、狂った」
その声が、震えている。
「もし、あいつに会ったら――」
彼の言葉が、途切れた。
でも、その後に続く言葉は、容易に想像できた。
私は、彼の手を握った。
「アレクサンダー様」
「エリアナ...」
「お気持ちは、分かります」
私は、優しく語りかけた。
「ヴィクターの裏切りは、決して許されるものではありません」
「でも――」
私は、彼の目を見つめた。
「でも、復讐では、あなたは幸せになれません」
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アレクサンダー様は、黙って私を見つめていた。
「復讐は、連鎖します。憎しみは、憎しみを生むだけです」
私は、前世の記憶を思い出していた。
前世で、私は誰かを恨んだことがある。家族を、会社を、世界を。
でも、恨んでも何も変わらなかった。ただ、自分が苦しくなるだけだった。
「ルシアさんは、あなたに復讐してほしいと思っているでしょうか」
その言葉に、アレクサンダー様が息を呑んだ。
「彼女は、あなたが幸せになることを、望んでいるはずです」
私は、彼の手を両手で包んだ。
「だから、復讐ではなく、未来を選んでください」
「未来...」
「はい。ルシアさんの意志を継いで、世界を守る。それが、彼女への最大の供養です」
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アレクサンダー様は、しばらく黙っていた。
暖炉の火だけが、静かに燃えている。
「君は、本当に優しいな」
ようやく、彼が口を開いた。
「私は、こんなにも憎しみに囚われていたのに」
「憎しみを持つのは、人間として自然なことです」
私は、彼の手をさすった。
「でも、それに支配されてはいけません」
「君がいてくれて、良かった」
アレクサンダー様が、私の手を握り返した。
「君の言葉が、私を救ってくれる」
その言葉に、胸が温かくなった。
「この人を、救いたい」
その想いが、また強くなった。
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「エリアナ」
「はい?」
「私は、まだヴィクターを許せないかもしれない」
彼の正直な言葉に、私は頷いた。
「それでいいんです。無理に許す必要はありません」
「ただ、憎しみに支配されないでください」
私は、彼の目を見つめた。
「あなたには、大切なものがたくさんあります。フィリップスさんも、セレスティアも、そして――」
私の言葉が、途切れた。
「そして?」
アレクサンダー様が、優しく聞いてくる。
「そして、私も、います」
その言葉を口にすると、頬が熱くなった。
彼は、優しく微笑んだ。
「ああ。君がいてくれる」
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「紅茶を淹れよう」
私は、立ち上がった。
「ここで?」
「はい。私が淹れます」
部屋の隅に、小さなキッチンがある。私は、そこで紅茶を淹れ始めた。
お湯を沸かし、茶葉を入れる。ベルガモットの良い香りが、部屋に広がっていく。
カップに紅茶を注ぎ、アレクサンダー様に差し出した。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
彼が、紅茶を一口飲んだ。
「美味しい」
その言葉に、私は微笑んだ。
「温かいものを飲むと、心も落ち着きますよね」
「ああ」
私も、自分のカップを手に取った。温かさが、手のひらに伝わってくる。
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暖炉の前で、私たちは静かに紅茶を飲んだ。
「この時間が、好きだ」
アレクサンダー様が言った。
「君と一緒にいると、心が安らぐ」
その言葉に、胸が高鳴った。
「私も、あなたと一緒にいると、幸せです」
彼が、優しく微笑んだ。
「これから、どんな困難が待っていても、君がいてくれれば乗り越えられる」
「私も、あなたがいてくれるから、頑張れます」
私たちは、互いに微笑み合った。
暖炉の火が、私たちを優しく照らしている。
「この人を、救うのは私だ」
その使命感が、胸に深く刻まれた。
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紅茶を飲み終えると、アレクサンダー様が立ち上がった。
「そろそろ、休もう」
「はい」
私も、立ち上がった。
「今夜も、話を聞いてくれてありがとう」
「いえ、私こそ、お話ししてくださってありがとうございます」
部屋を出る前に、もう一度彼を見つめた。
「アレクサンダー様」
「何だ?」
「明日も、一緒に頑張りましょう」
彼が、優しく微笑んだ。
「ああ。君がいてくれるなら、どんな困難も乗り越えられる」
その言葉が、胸に深く響いた。
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自室に戻り、ベッドに横になった。
今夜、裏切り者ヴィクターの話を聞いた。
アレクサンダー様の憎しみと、苦しみ。
でも、私は彼に復讐ではなく、未来を選んでほしいと伝えた。
彼が、その言葉を受け入れてくれたかは分からない。
でも、少なくとも、考えてくれたはずだ。
「この人を、救いたい」
その想いが、また強くなった。
彼の心の傷は、深い。簡単には癒えない。
でも、私は諦めない。
時間をかけて、少しずつ、彼の心を癒していく。
そして、いつか彼が本当の笑顔を取り戻せるように。
目を閉じると、彼の温もりがまだ残っている気がした。
明日からも、頑張ろう。
この人のために。この世界のために。
そして、私たちの未来のために。
**次回予告**
裏切り者の存在を知り、私たちの決意は固まった。でも、侯爵様の心に残る葛藤は、まだ消えていない。復讐心と、未来への希望。その狭間で、彼は揺れ続ける――。第81話へ続く。




