第79話: 侯爵様の過去
夜が訪れた。
アレクサンダー様から、「話したいことがある」と呼ばれた。
彼の私室に向かう廊下を歩きながら、胸の鼓動が速くなっていく。私室に招かれるのは、初めてだ。
扉をノックすると、「入ってくれ」という声が聞こえた。
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部屋に入ると、暖炉の火が静かに燃えていた。
暖かい空気が、肌を包み込む。本棚には、たくさんの古い書物が並んでいる。机の上には、一枚の絵が飾られていた。
「座ってくれ」
アレクサンダー様が、ソファを指差した。
私は、静かに座った。彼も、向かい側に座る。
暖炉の火が、彼の横顔を照らしている。いつもの凛とした表情ではなく、どこか寂しげな顔だった。
「エリアナ、君に話したいことがある」
「はい」
彼は、しばらく黙っていた。それから、机の上の絵を手に取った。
「これは、ルシアだ」
絵には、美しい女性が描かれていた。優しい微笑みを浮かべている。
「ルシア・ヴァンヘルシング。私の、かつての恋人だ」
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アレクサンダー様が、静かに語り始めた。
「若い頃、私はルシアと出会った」
彼の声は、優しく揺れていた。
「彼女は、魔法研究に情熱を注ぐ、聡明な女性だった。私も、魔法理論に興味があった。だから、すぐに意気投合した」
暖炉の火が、パチパチと音を立てている。
「毎日、一緒に研究した。魔法陣の構造、魔力の流れ、古代魔法の解読。すべてが、楽しかった」
彼の瞳に、懐かしさが浮かんでいる。
「彼女の笑顔が、私の支えだった。一緒にいるだけで、幸せだった」
私は、静かに聞いていた。この人が、こんなに感情を露わにするのは初めてだ。
「あの頃は、未来が輝いて見えた」
その言葉に、胸が締め付けられた。
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「でも、ある日――」
アレクサンダー様の声が、震えた。
「結社の者たちが、彼女を狙った」
私の心臓が、強く打った。
「彼女の研究成果を、結社が欲しがったんだ。特に、語り箱――ことりの技術を」
ことり。その名前を聞いて、私は水晶箱に目をやった。
「ルシアは、拒否した。でも、結社は諦めなかった」
彼の拳が、強く握られている。
「そして、私の仲間の一人が、裏切った」
「裏切り...?」
「ああ。研究仲間の一人、ヴィクターが、結社に情報を売ったんだ」
その名前を、私は記憶に刻んだ。
「ヴィクターの裏切りによって、結社はルシアの居場所を突き止めた」
アレクサンダー様の瞳に、深い悲しみが浮かんでいる。
「私は...彼女を守れなかった」
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「ルシアは、結社の襲撃で命を落とした」
その言葉に、私は息を呑んだ。
「私が、もっと早く気づいていれば。もっと強ければ。彼女を守れたのに」
彼の声が、震えている。
「私の...せいだ」
涙が、彼の頬を伝った。
私は、彼の手を握った。
「アレクサンダー様...」
「君に、これを話すのは辛い。でも、君には知っていてほしかった」
私は、彼の手を強く握った。
「あなたは、悪くありません」
「でも――」
「悪いのは、裏切ったヴィクターです。そして、結社です」
私の言葉に、彼は目を閉じた。
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「あなたは、精一杯戦ったんですよね」
私は、優しく語りかけた。
「それでも、守れなかった。その苦しみは、計り知れません」
彼は、静かに頷いた。
「でも、ルシアさんは、あなたを責めていないと思います」
「なぜ、そう思う?」
「だって、あなたはこんなにも、彼女のことを想い続けているから」
私は、彼の手を両手で包んだ。
「その想いが、彼女への最大の供養です」
アレクサンダー様が、私を見つめた。
「エリアナ...」
「あなたは、一人じゃありません。私が、ここにいます」
その言葉に、彼の瞳から涙が溢れた。
私は、彼の背中をそっとさすった。
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暖炉の前で、私たちは静かに寄り添っていた。
火の温もりが、部屋を包み込んでいる。
「ありがとう、エリアナ」
アレクサンダー様が、ようやく口を開いた。
「君がいてくれて、心が軽くなった」
「私こそ、お話ししてくださってありがとうございます」
私は、彼の肩に手を置いた。
「これから、一緒に戦いましょう」
「ああ」
彼が、優しく微笑んだ。その笑顔は、少し寂しげだったけれど、以前よりも穏やかだった。
暖炉の火が、パチパチと音を立てている。窓の外には、静かな夜が広がっている。
「この人を、もっと支えたい」
そう思った。
彼は、ずっと一人で苦しみを抱えてきた。ルシアを失った痛み。自分を責める気持ち。
でも、これからは違う。私がいる。
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「エリアナ」
「はい?」
「君は、私にとって特別な存在だ」
その言葉に、胸が高鳴った。
「私も、アレクサンダー様は特別です」
彼が、私の手を握った。
「君の優しさに、いつも救われている」
その手の温もりが、胸に染み込んでくる。
「私も、あなたに救われています」
前世では、誰にも必要とされなかった。孤独だった。
でも、この世界では違う。この人が、私を必要としてくれている。
「ずっと、一緒にいてくれるか?」
その言葉に、涙が溢れそうになった。
「はい。ずっと、一緒にいます」
アレクサンダー様が、私を抱きしめてくれた。
その温もりの中で、私は幸せを感じた。
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暖炉の火が、少しずつ弱くなっていく。
「そろそろ、休もう」
アレクサンダー様が言った。
「はい」
私は、立ち上がった。
「おやすみなさい、エリアナ」
「おやすみなさい、アレクサンダー様」
部屋を出る前に、もう一度振り返った。
彼は、暖炉の前で静かに座っていた。その背中が、少し寂しそうに見えた。
でも、きっと大丈夫。
私が、彼を支える。一緒に戦う。
そして、いつか彼の心の傷を、癒してみせる。
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自室に戻り、ベッドに横になった。
今夜、彼の過去を知った。
ルシアとの幸せな日々。そして、裏切りによる別れ。
彼が抱えてきた苦しみの深さを、少しだけ理解できた気がする。
「この人を、救いたい」
その想いが、胸に強く刻まれた。
私は転生者として、この世界を救う使命がある。
でも、それと同じくらい、彼を救いたい。
彼の心の傷を、癒したい。
そのために、私は戦う。
目を閉じると、彼の温もりがまだ残っている気がした。
明日から、また頑張ろう。
この人のために。この世界のために。
そして、私自身のために。
**次回予告**
裏切り者ヴィクターの正体が、明らかになる。侯爵様の深い憎しみと、私の想い。復讐ではなく、未来を選ぶ道を――。第80話: 裏切り者、次回もお楽しみに。




