第75話: 家族との対峙
翌朝、私はセレスティアと共に馬車に乗っていた。
王都の貴族街へと向かう道のりは、沈黙に包まれていた。
「大丈夫?」
私がセレスティアの手を握ると、彼女は小さく頷いた。
「エリアナがいてくれるから」
でも、彼女の手は冷たく震えていた。
「一人じゃないよ」
私は彼女の手を握りしめた。
「私が、ずっとそばにいる」
「ありがとう...」
セレスティアの目が、潤んでいた。
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ローレンス家の邸宅は、立派な建物だった。
王都でも有数の貴族の家。白い石造りの壁が、朝日に輝いている。
門をくぐり、玄関へと進む。
執事が出迎えた。
「セレスティア様、お帰りなさいませ」
「父は、いますか?」
セレスティアの声が、少し震えていた。
「書斎におられます」
「案内してください」
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書斎のドアの前で、セレスティアは立ち止まった。
「怖い...」
彼女が小さく呟いた。
「大丈夫」
私は彼女の背中を優しく押した。
「一緒だよ」
セレスティアが深呼吸をして、ドアをノックした。
「父上、セレスティアです」
「入りなさい」
低い男性の声が聞こえた。
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書斎の中には、中年の男性が座っていた。
セレスティアの父、ローレンス侯爵様だ。厳格そうな顔立ち。鋭い目つき。
「セレスティア。それと...」
彼が私を見た。
「エリアナ・フォンテーヌです」
私は礼儀正しく挨拶した。
「アレクサンダー侯爵様のもとでお世話になっております」
「ああ、噂は聞いている」
ローレンス侯爵様が頷いた。
「で、今日は何の用だ?」
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セレスティアが一歩前に出た。
「父上、お聞きしたいことがあります」
「何だ?」
「ローレンス家が...」
セレスティアの声が震えた。
「秘密結社に、資金を提供しているというのは本当ですか?」
部屋の空気が、一瞬で凍りついた。
ローレンス侯爵様の表情が、変わった。
「...誰から聞いた?」
「それは...」
「アレクサンダーか」
彼が鋭い目で私を見た。
「あの男も、余計な詮索を...」
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「答えてください、父上」
セレスティアが声を張り上げた。
「本当なんですか?」
ローレンス侯爵様が、大きくため息をついた。
「...本当だ」
「どうして...」
セレスティアが青ざめた。
「家のためだ」
父親が冷たく言った。
「ローレンス家を守るため、結社との関係が必要だった」
「でも、結社は危険な組織です!」
「分かっている」
父親が机を叩いた。
「だが、選択肢はなかった!」
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セレスティアが、後ずさった。
私は彼女の肩を支えた。
「お父様...そんな人だったんですか」
セレスティアの声が、震えていた。
「私は、あなたを尊敬していました」
「セレスティア...」
「でも、もう...」
涙が、彼女の頬を伝った。
「もう、あなたを信じられません」
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「待て、セレスティア」
父親が立ち上がった。
「これは家族のためだ。お前も、いずれ理解する」
「理解できません」
セレスティアがはっきりと言った。
「悪と手を組むことが、家族のためだなんて」
「世間知らずが」
父親が冷たく言った。
「貴族の世界は、そんなに甘くない」
「私は、父上のようにはなりません」
セレスティアが顔を上げた。涙で濡れた顔だったが、目には強い意志が宿っていた。
「私は、正しい道を選びます」
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私はセレスティアの手を握った。
「行こう、セレスティア」
「...はい」
私たちは、書斎を出た。
後ろから、父親の声が聞こえた。
「セレスティア!戻ってこい!」
でも、セレスティアは振り返らなかった。
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邸宅を出て、馬車に乗り込んだ。
セレスティアは、ずっと泣いていた。
「よく頑張ったね」
私は彼女を抱きしめた。
「本当に、よく頑張った」
「エリアナ...」
セレスティアが私の肩で泣いた。
「お父様が...あんな人だったなんて...」
「辛かったよね」
私は彼女の背中を撫でた。
「でも、あなたは間違っていない」
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「家族を選べないけど」
私が優しく言った。
「友人は選べる」
「友人...」
「そう。私は、あなたの友達だよ」
私はセレスティアの顔を見た。
「これからも、ずっと」
「ありがとう...」
セレスティアが、ようやく小さく笑った。
「あなたがいてくれて、本当に良かった」
「こちらこそ」
私も笑顔を返した。
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馬車が屋敷に戻る途中、私たちは王都のカフェに立ち寄った。
「少し休もう」
私が提案すると、セレスティアが頷いた。
カフェの中は、温かくて落ち着いていた。
私たちは窓際の席に座り、ココアを注文した。
「ココア、好き?」
「はい」
セレスティアが小さく笑った。
「子供の頃から、大好きです」
「私も」
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温かいココアが運ばれてきた。
カップを両手で包むと、その温もりが手のひらに広がる。
「温かい...」
セレスティアが呟いた。
「心まで、温まりますね」
「うん」
私も一口飲んだ。甘くて、優しい味。ココアの香りが、鼻をくすぐる。
「美味しい」
セレスティアが、少し笑顔を見せた。
その笑顔を見て、私も安心した。
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「これから、どうしましょう」
セレスティアが不安そうに聞いた。
「父とは、もう...」
「無理に関係を修復しなくてもいいよ」
私が言った。
「あなたは、あなたの道を行けばいい」
「でも、家族を捨てるなんて...」
「捨てるんじゃない」
私は彼女の手を握った。
「距離を置くだけ」
セレスティアが、ゆっくりと頷いた。
「...そうですね」
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「それに」
私が続けた。
「あなたには、私たちがいる」
「私たち...?」
「侯爵様も、フィリップスさんも、マーガレットさんも。みんな、あなたの味方だよ」
セレスティアの目に、また涙が浮かんだ。でも、今度は嬉し涙だった。
「本当に...ありがとうございます」
「家族は選べないけど、家族のように大切な人は選べる」
私は微笑んだ。
「あなたは、私の大切な友達だから」
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カフェを出る頃には、セレスティアの表情も明るくなっていた。
「エリアナ」
「うん?」
「私、これから頑張ります」
セレスティアがしっかりとした声で言った。
「父の道ではなく、私の道を」
「応援してる」
私は彼女の肩を叩いた。
「一緒に、頑張ろう」
「はい」
セレスティアが笑顔を見せた。
その笑顔は、朝よりずっと明るかった。
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屋敷に戻ると、侯爵様が待っていてくれた。
「お帰り」
彼が優しく言った。
「二人とも、よく頑張ったな」
「侯爵様...」
セレスティアが深くお辞儀をした。
「ご心配をおかけしました」
「気にするな」
侯爵様が微笑んだ。
「君は何も悪くない」
「ありがとうございます」
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夜、自分の部屋に戻った。
今日は、本当に長い一日だった。
セレスティアの辛さ。父親との対峙。すべてが、重かった。
でも、乗り越えた。
ベッドに座り、窓の外を見た。
星が、静かに輝いている。
「セレスティア、頑張ったね」
私は小さく呟いた。
彼女は、自分の道を選んだ。それは、勇気のいる決断だった。
「私も、頑張らなきゃ」
私にも、乗り越えなければならないことがたくさんある。
結社のこと、呪いのこと、そして侯爵様への想い。
でも、一人じゃない。仲間がいる。
その事実が、私を強くしてくれる。
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侯爵様の顔を思い出す。
今日、屋敷で私たちを迎えてくれた時の優しい笑顔。
「君が無事で良かった」
彼がそう言ってくれた時、私の胸は温かくなった。
この人は、いつも私を心配してくれている。
守ってくれている。
「侯爵様...」
私は枕を抱きしめた。
好き。
その想いが、日に日に強くなっていく。
でも、今は想いを伝えるタイミングじゃない。
呪いのこと、結社のこと。すべてが片付いてから。
「その時まで、待っていてください」
私は心の中で呟いた。
そして、ゆっくりと眠りについた。
明日も、新しい一日が始まる。
**次回予告**
セレスティアが下した重大な決断。家族との決別を選んだ彼女は、これからどう生きていくのか。一方、結社の動きが活発化し始める。エリアナたちに、新たな試練が迫る——。
次回、第76話: 決断。




