第70話: 立て直し
翌朝、私は書斎に呼ばれた。侯爵様とフィリップスさんが、すでに待っていた。
「おはよう、エリアナ」
フィリップスさんが資料を広げていた。
「調査の結果が出た」
「本当ですか?」
私は机に近づいた。
「ああ。結社が偽情報を検証中だということが分かった」
フィリップスさんが地図を指した。その指先が、王都の東側をなぞる。
「王都の東側で、不審な動きが観測されている。人の出入りが増えている場所がある。おそらく、彼らの連絡拠点だ」
「完全な成功ではないが」
侯爵様が続けた。
「時間は稼げた。それに、敵の動きも少し見えてきた」
私は安堵のため息をついた。完全な失敗ではなかったのだ。
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フィリップスさんが別の地図を広げた。
「さらに興味深いことが分かった」
彼の指が、地図上の森を指した。
「敵の反応から推測すると、本拠地が『東の森の奥』にある可能性が高い」
「東の森...」
私はその名前に聞き覚えがあった。
「あそこは、古い遺跡があると聞いたことがあります」
「その通り」
フィリップスさんが頷いた。
「約300年前の魔法遺跡だ。今は廃墟になっている」
私はことりを取り出した。
> 東の森の古い遺跡について、詳しく教えてください。
【ことり】
*************
確率: 70%
東の森には、古代魔法文明の遺跡があります。約300年前に栄えた魔法都市の跡で、現在は放棄されています。
遺跡には強力な魔法陣が残っており、それを悪用しようとする者が後を絶ちません。秘密結社がそこを拠点にしている可能性は高いです。
ただし、遺跡内部は迷路のように複雑で、罠も多く残っています。慎重な調査が必要です。
*************
[魔力: 140/150]
確率70%。高い信頼性だ。
「遺跡か...」
侯爵様が腕を組んだ。その表情は真剣だ。
「そこに潜入するのは危険だが、敵の正体を知る絶好の機会でもある」
「でも、今すぐには無理です」
私が言った。冷静に状況を判断しなければならない。
「まず、屋敷の防御を固めるべきです」
フィリップスさんが頷いた。
「エリアナの言う通りだ。今夜から、屋敷の結界を強化する」
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午後、フィリップスさんは屋敷の周囲に新しい結界を張り始めた。私も手伝い、魔法陣の補助を行う。
「ここに魔力を集中させて」
フィリップスさんの指示に従い、私は魔法陣に手を当てた。淡い光が広がり、結界が強化されていく。魔力が指先から流れ出し、魔法陣全体に広がっていくのが分かる。温かい感覚が、腕を伝って体全体に広がった。
「よし、これで侵入者を検知できる」
フィリップスさんが満足そうに頷いた。魔法陣が完成し、淡い青色の光が屋敷全体を包んでいく。
「少なくとも、急な襲撃には対応できるはずだ」
「これで、当面は安全ですね」
私は安堵した。屋敷が守られている。それだけで、心が軽くなる。
「ああ」
フィリップスさんが私の肩を叩いた。
「エリアナ、お前はよくやっている」
「ありがとうございます」
彼の言葉に、少しだけ自信が戻ってきた。
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夕方、私は自分の部屋で考え事をしていた。
昨夜の作戦は、完璧ではなかった。でも、失敗でもなかった。時間を稼ぎ、敵の情報も得られた。それは、小さな成功だ。
「失敗からも学べる」
私は窓の外を見た。夕日が沈み、空がオレンジ色に染まっている。
「次は、もっとうまくやる。必ず」
前世のSEとしての経験を思い出す。失敗したプロジェクトから学び、次に活かす。それが、成長の道だ。
私は、少しずつ強くなっている。自分でも、それが分かる。侯爵様や仲間たちに支えられながら、私は前に進んでいる。
ノックの音がして、マーガレットさんが入ってきた。
「エリアナ様、お茶の時間です」
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マーガレットさんは、銀のトレイに紅茶とクッキーを載せていた。焼きたてのクッキーからは、バターの香ばしい香りが漂っている。
「侯爵様とフィリップスさんも、書斎でお待ちです」
「ありがとうございます」
私たちは書斎に集まり、お茶を囲んだ。焼きたてのクッキーの甘い香りが、部屋に広がっている。シナモンとバニラの香りが混ざり合い、心を落ち着かせてくれる。
「エリアナ」
侯爵様が紅茶を一口飲んでから言った。
「君の成長が、嬉しい」
「え?」
「昨夜の作戦、そして今日の対応」
侯爵様が微笑んだ。
「君は、確実に強くなっている」
その笑顔に、私の胸がドキリとした。侯爵様の笑顔を見るのは、久しぶりな気がする。紫色の瞳が、優しく輝いている。
「ありがとうございます」
私は顔が赤くなるのを感じた。
「でも、まだまだです」
「いや」
フィリップスさんが口を挟んだ。
「お前は十分にやっている。自信を持て」
マーガレットさんも頷いた。
「そうですわ。エリアナ様は、本当に立派です」
三人の言葉に、涙が出そうになった。みんなが、私を認めてくれている。支えてくれている。この温かさが、胸に染み渡る。
私は紅茶を一口飲んだ。ダージリンの優雅な香りが口の中に広がり、心がほっと落ち着いた。
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お茶の時間が終わり、私は自分の部屋に戻った。
ベッドに座り、今日一日を振り返る。
結社の脅威は、まだ消えていない。でも、私たちは前進している。少しずつだが、確実に。
「東の森の遺跡、か」
私は小さく呟いた。
「いつか、そこに行くことになるだろう」
その時は、もっと強くなっていなければならない。魔法も、判断力も、すべてを磨かなければならない。
でも、今は休もう。明日に備えて、体を休めることが大切だ。
私はベッドに横になり、天井を見つめた。
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夜、窓の外を見ると、星が輝いていた。
侯爵様の笑顔を思い出す。あの笑顔を見た時、私の心臓が早く鳴った。それは、ただの尊敬ではない。もっと深い、何か特別な感情だ。
「私は、侯爵様を...」
その先を、言葉にできなかった。でも、心の奥底では、分かっている。
私は、侯爵様に恋をしている。
その事実を認めるのが、怖かった。恋は、人を弱くする。判断を鈍らせる。でも同時に、恋は人を強くもする。守りたい人がいるから、頑張れる。
「侯爵様...」
私は枕を抱きしめた。その温もりが、侯爵様の抱擁を思い出させる。
これから、もっと困難な戦いが待っているだろう。でも、侯爵様がいる。仲間がいる。だから、私は戦える。
「次は、必ず成功させる」
私は決意を新たにした。
そして、ゆっくりと眠りについた。明日のために、しっかり休まなければならない。
窓の外では、月が静かに輝いていた。優しい光が、部屋を照らしている。
私の新しい一歩が、明日から始まる。
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翌朝、目が覚めると、窓から朝日が差し込んでいた。
新しい一日の始まりだ。私は起き上がり、窓を開けた。爽やかな風が、部屋に流れ込んでくる。
「今日も、頑張ろう」
私は深呼吸をして、一日の始まりを迎えた。
侯爵様も、フィリップスさんも、マーガレットさんも、みんながいる。一人じゃない。
そして、私は少しずつだが、確実に成長している。
これからどんな困難が待っていても、私は乗り越えていける。その自信が、心の中に芽生え始めていた。
**次回予告**
立ち直ったエリアナだが、心の奥底では自分を責め続けていた。そんな彼女の元に、侯爵様が訪れる。優しい慰めの言葉と、温かい抱擁。そして、ロマンチックな月夜の散歩へ——。二人の距離が、さらに縮まる。
第71話: 侯爵様の慰め。




