第68話: 自分の判断
夕方、書斎に私たち四人が集まった。侯爵様、フィリップスさん、マーガレットさん、そして私。
机の上には、フィリップスさんが作成した偽の魔法陣図が広げられている。精巧な作りで、一見すると本物と見分けがつかない。羊皮紙の質感、インクの濃淡、すべてが本物そっくりだ。
「よくできているわ」
マーガレットさんが感心した声を上げた。彼女は魔法に詳しくないが、それでも丁寧な仕事ぶりは分かるようだ。
「でも、これで本当に騙せるのかしら?」
「完全に騙すことは難しい」
フィリップスさんが答えた。
「でも、少なくとも数日は時間を稼げるはずだ」
私は偽の魔法陣図を手に取り、細部を確認した。魔法陣の一部は本物だが、肝心な部分は意図的に間違えてある。前世でプログラムのバグを仕込む時のような感覚だ。
「私から提案があります」
全員の視線が私に集まった。
「偽の情報を渡すだけでなく、相手の反応を観察します。どこに興味を持つか、どんな質問をするか。それで、敵の知識レベルが分かるかもしれません」
侯爵様が頷いた。
「なるほど。情報を渡すだけでなく、情報を得る機会でもあるわけだ」
「その通りです」
私は自信を持って答えた。
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侯爵様が椅子から立ち上がった。
「エリアナ」
侯爵様は私の目を真っ直ぐ見つめた。
「本当に、これでいいのか?」
その声には、まだ不安が残っている。
「危険すぎる。君が狙われる可能性がある」
「侯爵様」
私も立ち上がり、侯爵様と向き合った。
「私は、もう子供ではありません」
侯爵様の瞳が揺れた。その瞳の奥に、驚きと、そして何か別の感情が見えた気がした。
「前世で、私は多くの困難に直面しました。システム障害、プロジェクトの失敗、人間関係のトラブル」
私は一つ一つ、指を折って数えた。
「そして、学んだんです。恐れていては、何も変わらないと。行動しなければ、何も始まらないと」
侯爵様は黙って私を見つめている。
「私は、自分で判断します。自分で責任を取ります」
長い沈黙の後、侯爵様はゆっくりと頷いた。
「...君を信じる」
その言葉は、重く、温かかった。
「でも、何があっても君を守る。それだけは、約束させてくれ」
侯爵様の真剣な眼差しに、私の胸が熱くなった。
「はい」
私は小さく頷いた。
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フィリップスさんが偽の魔法陣図を丁寧に巻き、革の筒に収めた。
「これで準備は整った。あとは、いつ渡すかだ」
「明日の夜」
私が答えた。
「脅迫状には、三日後が期限と書いてありました。明日なら、まだ余裕があると思わせることができます」
「賢明な判断だ」
フィリップスさんが頷いた。
「では、渡す場所は?」
「王都の裏通り」
侯爵様が地図を広げた。
「ここなら人目につかず、かつ逃げ道も確保できる」
私たちは細部まで計画を詰めた。渡す時間、場所、万が一の時の退避ルート。すべてを想定して、準備を整える。
マーガレットさんが護衛体制の強化を提案した。
「私も、剣の扱いには自信があります。エリアナ様の護衛をさせてください」
「マーガレットさん...」
私は驚いた。優雅なマーガレットさんが、剣を?
「侯爵様家の使用人は、皆、護衛の訓練を受けています」
マーガレットさんが微笑んだ。
「お嬢様を守るのは、私たちの務めです」
温かい気持ちが胸に広がった。私は一人じゃない。みんなが、私を守ろうとしてくれている。
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会議が終わり、夕食の時間になった。マーガレットさんが用意した料理が、テーブルに並ぶ。
「さあ、召し上がれ」
マーガレットさんが椅子を引いてくれた。
温かいスープが湯気を立てている。野菜と鶏肉の優しい香りが、鼻をくすぐる。ニンジン、玉ねぎ、セロリ。丁寧に煮込まれた野菜が、柔らかく煮えている。
「いただきます」
私はスプーンを手に取り、スープを一口飲んだ。柔らかい味が口の中に広がる。塩加減が絶妙で、ハーブの香りがほのかに香る。温かさが体を包み、緊張が少しだけ和らいだ。
「美味しいです」
マーガレットさんが嬉しそうに微笑んだ。
「エリアナ様の好きな味付けにしました」
侯爵様とフィリップスさんも、静かに食事をしている。誰も多くを語らないが、空気は穏やかだった。
四人でこうして食卓を囲むのは、初めてかもしれない。普段は侯爵様と二人、あるいは一人で食事をすることが多い。でも今日は、みんなが一緒だ。この温かさが、心地よい。
「みんながいれば大丈夫」
私は心の中で呟いた。どんな困難が待っていても、一人じゃない。この人たちが、私を支えてくれる。侯爵様の優しい眼差し、フィリップスさんの頼もしい姿、マーガレットさんの温かい笑顔。みんなが、私の味方だ。
窓の外では、夕日が沈み始めていた。オレンジ色の光が、部屋を優しく照らしている。
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食事を終えて、私は自分の部屋に戻った。机の前に座り、ことりを取り出す。
> 明日の作戦について、注意すべき点は?
【ことり】
*************
確率: 62%
相手の反応を慎重に観察してください。特に以下の点に注意が必要です。
1. 相手が魔法陣図をすぐに受け取るか、検証しようとするか
2. 追加の要求をしてくるか
3. あなた個人に興味を示すか
また、必ず退避ルートを確認し、危険を感じたらすぐに逃げてください。勇気と無謀は違います。
*************
[魔力: 140/150]
確率62%。中程度の信頼性だが、貴重なアドバイスだ。
「勇気と無謀は違う、か」
ことりの言葉が、胸に刺さった。私は勇敢でいたい。でも、無謀になってはいけない。
ベッドに横になり、天井を見つめた。明日は、大きな一日になる。成功すれば、時間を稼げる。失敗すれば...
「大丈夫」
私は自分に言い聞かせた。
「侯爵様が、フィリップスさんが、マーガレットさんが、みんながいる。私は一人じゃない」
でも、心の奥底には、小さな不安が残っていた。
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夜、窓の外を見ると、星が輝いていた。
侯爵様の言葉を思い出す。「君を信じる」。その言葉が、胸の中で温かく響いている。
信じてくれている。侯爵様は、私の判断を信じてくれている。だから、私も自分を信じなければならない。
「明日、私は偽の情報を渡す」
私は窓に手を当てた。冷たいガラスの感触が、手のひらに伝わる。
「そして、敵の正体を探る。この作戦を、必ず成功させる」
決意を新たに、私はベッドに戻った。明日に備えて、しっかり休まなければならない。
目を閉じると、侯爵様の顔が浮かんだ。紫色の瞳、優しい笑顔、そして真剣な表情。
「侯爵様...」
私の心臓が、少しだけ早く鳴った。この想いは、何だろう。信頼? それとも、もっと別の何か?
考えるのをやめて、私は眠りについた。明日のために、体を休めなければならない。
窓の外では、月が静かに輝いていた。
**次回予告**
作戦実行の日。偽の情報を渡すエリアナだが、使者は疑いの目を向けてくる。緊張の駆け引きの末、相手は「本物を見せろ」と要求する。半分成功、半分失敗——複雑な結果に、エリアナは揺れる。
第69話: 作戦実行。




