第67話: 選択の悩み
書斎に入ると、侯爵様だけでなくフィリップスさんもいた。彼は窓際に立ち、腕を組んでいる。二人とも、私を待っていたのだろう。
「おはようございます」
私が挨拶すると、フィリップスさんが頷いた。
「おはよう、エリアナ。侯爵様から話は聞いた」
彼の声は普段より低く、緊張が伝わってくる。
「状況は良くない。だが、諦めるわけにはいかない」
侯爵様が机の上の手紙を指した。
「私は、完全に拒否する。戦う準備をする」
侯爵様の声には、強い決意が込められていた。紫色の瞳が、揺るぎない意志を示している。
「屋敷の防御を強化し、敵の襲撃に備える。エリアナ、君は安全な場所に避難してもらう」
「侯爵様」
私は首を横に振った。
「私だけ逃げるわけにはいきません」
「しかし...」
「私も、一緒に戦います」
侯爵様は言葉を失った。そしてゆっくりと、深いため息をついた。
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フィリップスさんが口を開いた。
「侯爵様、まずは防御魔法の強化から始めましょう。屋敷全体に結界を張り、侵入者を検知できるようにします」
「それだけでは足りない」
侯爵様が反論した。その声には、まだ怒りが残っている。
「敵は組織だ。数も多いだろう。受け身だけでは、いずれ押し切られる」
「では、先制攻撃をするのですか?」
フィリップスさんの問いに、侯爵様は黙った。窓の外を見つめ、何かを考えている。朝日が侯爵様の紫色の瞳を照らし、宝石のように輝かせていた。
私は二人のやり取りを聞きながら、考えていた。戦うか、逃げるか。どちらも正しい選択肢に思える。でも、他に道はないのだろうか?
私は机に近づき、ことりを取り出した。
> 協力を装い、時間稼ぎをする方法はありますか?
【ことり】
*************
確率: 55%
短期的には有効な戦略です。偽の情報を提供し、その間に敵の本拠地や意図を探ることができます。
ただし、リスクも高いです。偽情報が見破られた場合、より強硬な手段に出る可能性があります。
慎重な計画と実行が必要です。
*************
[魔力: 140/150]
確率55%。ギリギリの数値だが、可能性はある。
「侯爵様、フィリップスさん」
私は二人を見た。
「別の選択肢があります。協力するふりをして、時間を稼ぐのです」
侯爵様の顔が険しくなった。
「敵に協力するなど...」
「ふりです」
私は強く言った。
「偽の情報を渡して、その間に敵の正体を探る。ことりも、短期的には有効だと言っています」
フィリップスさんが興味深そうに私を見た。
「なるほど。情報戦か」
「しかし危険だ」
侯爵様が声を荒らげた。
「エリアナ、君が狙われる可能性がある」
「私なら大丈夫です」
私は侯爵様を見つめた。
「前世で、私はシステムエンジニアでした。トラブル対応は得意です」
侯爵様の瞳が揺れた。
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長い沈黙が続いた。侯爵様は窓の外を見つめ、何かを考えている。フィリップスさんは腕を組んだまま、侯爵様を見守っている。
私は自分の提案が正しいのか、自信が持てなかった。でも、戦うだけが選択肢ではない。策略を使えば、もっと良い結果が得られるかもしれない。
「どちらも正しいのに...」
私は小さく呟いた。侯爵様の強硬姿勢も、ことりの戦略的提案も、どちらも一理ある。でも、どちらを選ぶべきなのか。私は自分の判断に自信が持てなかった。
書斎の窓から、朝日が差し込んでいる。光と影が、床に幾何学的な模様を描いている。時計の針が、静かに時を刻む音が聞こえた。
私は板挟みになっていた。侯爵様を説得すべきか、それとも侯爵様の意見に従うべきか。
「エリアナ」
侯爵様がゆっくりと振り向いた。
「少し、二人で話せるか?」
フィリップスさんが頷き、部屋を出て行った。扉が静かに閉まる音がした。
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侯爵様は私の手を取った。その手は大きく、温かかった。
「庭園に行こう」
私たちは屋敷を出て、庭園へ向かった。朝の空気は冷たく、頬を撫でる風が心地よい。鳥のさえずりが聞こえる。
ベンチに座ると、侯爵様は私の手を握ったまま、空を見上げた。
「エリアナ、君の判断を尊重する」
侯爵様の声は優しかった。
「君は賢い。前世の経験もある。私よりも、冷静に状況を見ることができる」
「侯爵様...」
「でも」
侯爵様は私を見つめた。
「君を危険に晒してほしくない。それだけは、譲れない」
その瞳には、深い想いが込められていた。保護欲だけではない。もっと深い、何か別の感情が見える気がした。
「侯爵様」
私は侯爵様の手を握り返した。
「一緒に考えましょう。私一人の判断ではなく、二人で」
侯爵様の手が、わずかに震えていた。
「...ありがとう」
侯爵様が小さく微笑んだ。その笑顔に、私の胸が少しだけ温かくなった。
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ベンチに並んで座り、私たちは庭園を眺めた。初夏の風が頬を撫でる。木々の葉が揺れ、さらさらと音を立てる。遠くで鳥が鳴いている。青い空に、白い雲が流れていく。
侯爵様の隣にいると、不思議と安心する。危険な状況なのに、この人がいれば大丈夫だと思える。侯爵様の体温が、わずかに私に伝わってくる。その温もりが、心を落ち着かせてくれる。
「エリアナ」
侯爵様が静かに言った。
「君が来てから、この屋敷は明るくなった」
「侯爵様」
「いや、本当だ」
侯爵様は空を見上げた。
「君がいてくれて、私は...」
侯爵様は言葉を切った。何を言いかけたのだろう。でも、それ以上は聞けなかった。
風が優しく吹き、私の髪を揺らした。侯爵様の横顔が、朝日に照らされて輝いている。整った顔立ち、紫色の瞳、どこか憂いを帯びた表情。普段は威厳に満ちた侯爵様が、今は少しだけ弱さを見せている気がした。
私の心臓が、少しだけ早く鳴った。この感情は、何だろう。尊敬? それとも、もっと別の何か?
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しばらくして、私たちは書斎に戻った。フィリップスさんが待っていた。
「決まったか?」
侯爵様が頷いた。
「エリアナの提案を試す。偽の情報を渡して、時間を稼ぐ」
フィリップスさんが驚いた顔をした。
「本当にいいのか?」
「ああ」
侯爵様は私を見た。
「エリアナを信じる」
その言葉に、私の胸が熱くなった。信じてくれている。侯爵様は、私の判断を信じてくれている。
「ありがとうございます」
私は深く頭を下げた。
「必ず、成功させます」
フィリップスさんが腕を組んだ。
「では、具体的な計画を立てよう。偽の情報をどう作るか、どうやって渡すか」
私たちは机を囲み、作戦会議を始めた。
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数時間後、私たちは大まかな計画をまとめた。フィリップスさんが偽の魔法陣図を作成し、私がそれを結社の使者に渡す。その間に、フィリップスさんと侯爵様が敵の本拠地を探る。
「危険だが、やる価値はある」
フィリップスさんが言った。
「エリアナ、くれぐれも注意してくれ」
「はい」
私は頷いた。不安はあるが、これが最善の方法だと信じている。
「では、準備を始めよう」
侯爵様が立ち上がった。
「時間がない。三日後までに、すべてを整える」
私たちは動き出した。
でも、私の心の中には、まだ小さな疑問が残っていた。本当にこれでいいのだろうか? 他に、もっと良い方法はないのだろうか?
「第三の道...」
私は小さく呟いた。戦うでもなく、逃げるでもなく。もっと別の、誰も傷つかない道があるかもしれない。
でも今は、目の前のことに集中しなければならない。私は深呼吸をして、準備に取りかかった。
**次回予告**
偽の情報を渡す作戦を決意したエリアナ。翌日、自分の判断に揺れながらも、仲間たちの支えを受けて準備を整える。侯爵様の「君を信じる」という言葉が、胸に響く——。
第68話: 自分の判断。




