第5話: 真実の一端
朝、目を覚ますと、昨日のことが夢のように思える。
地下書庫、侯爵様の優しさ、そして心配してくれた言葉。
「君が怪我をしたら、私は...」
あの言葉の続きを知りたい。でも、聞くのは怖い気もする。
ベッドから起き上がり、窓の外を見る。今日も良い天気だ。
「侯爵様に、聞いてみよう」
昨日のことも含めて、ちゃんと話をしたい。
勇気を出して、決意する。
---
朝食を終えて、侯爵様の書斎へ向かう。
廊下を歩く足音が、いつもより大きく聞こえる。
書斎の扉の前で、深呼吸。
そして、ノックする。
「どうぞ」
中から侯爵様の声。
扉を開けると、侯爵様は書類を整理していた。
「おはようございます、エリアナさん。どうしました?」
「あの...お話があります」
侯爵様は書類を脇に置き、椅子に座るよう促す。
「もちろん。何でしょう」
そして、お茶を淹れてくれる。温かい紅茶の香りが、心を落ち着かせる。
「昨日のこと、ありがとうございました。そして...色々と知りたいことがあります」
侯爵様は頷く。
「聞きたいことがあるだろうと思っていました。できる限り、お答えします」
その言葉に、少し安心する。
「まず...地下書庫のこと。そして、ルシア・ヴァンヘルシングという方について教えてください」
侯爵様の表情が、一瞬だけ曇る。
でも、すぐに優しい目に戻る。
「ルシアか...彼女は、私の...」
言葉を選ぶように、少し間を置く。
「大切な人でした」
---
侯爵様は、ゆっくりと話し始めた。
「15年前、ルシアは天才的な魔法使いでした。彼女は魔法とテクノロジーの融合を研究していた」
「魔法と、テクノロジー...」
私の心が、その言葉に反応する。前世の知識と、この世界の魔法。
「そうです。特に、記憶と意識の研究に熱心でした。人の思考を保存し、伝える方法を模索していた」
侯爵様は窓の外を見る。
「ある日、彼女は300年前から伝わる古い器を発見しました。語り箱の原型です」
「語り箱...ことりの?」
「ええ。そして、不思議なことが起きました。その器に、突如として意識が宿ったのです」
私は息を呑む。
「意識が...宿った?」
「まるで、どこか別の場所から、魂が転移してきたかのように。ルシアはそれを見届けることができました。そして、それが今の『ことり』です」
頭の中で、情報が繋がっていく。
ことりは、ただの魔法の道具じゃない。意識を持っている。
「でも、ルシアは...」
「彼女は、その研究の成果を見た後、陰謀により命を落としました」
侯爵様の声が、少し震える。
「彼女の研究を妬む者たちがいた。そして...私は、彼女を守れなかった」
深い悲しみと、後悔。侯爵様の横顔に、それが刻まれている。
「申し訳ありません。辛い思い出を...」
「いえ、大丈夫です。あなたには知る権利があります」
侯爵様は私を見る。
「エリアナさん、あなたをこの屋敷に招いたのには理由があります。あなたは、ことりと特別な相性を持っている」
「相性...?」
「ええ。普通の人では、ことりをあそこまで使いこなせません。でも、あなたは違う。まるで、ことりの本質を理解しているかのように」
その言葉に、私は前世のことを思い出す。
前世で扱っていた賢い機械。AIと呼ばれていたもの。
「あの地下の魔法陣は何のためのものなのですか?」という質問を続ける。
侯爵様は少し考えてから答える。
「あれは、記憶と意識を保存する装置です。ルシアの研究の集大成。そして、その技術が語り箱に応用されました」
「記憶と意識の保存...」
頭の中で、前世の知識が繋がっていく。
前世で議論されていたデータベース、クラウドストレージ、そしてAIの学習モデル。
あの魔法陣の構造が、まるでネットワークシステムの設計図に似ていた理由が、少しわかった気がする。
魔力の流れが、データの流れ。魔法陣の紋様が、プログラムのロジック。
異なる世界、異なる技術。でも、目指しているものは同じ。
「じゃあ、ことりは...」
「まだ全ては話せません。でも、君なら理解してくれると信じています」
侯爵様の目が、真剣だ。
「時が来れば、全てを話します。それまで、待ってもらえますか?」
私は頷く。
「はい。侯爵様を信じます」
侯爵様は安堵したように微笑む。
「ありがとう、エリアナさん」
---
部屋に戻り、ことりを起動する。
【ことり】
*************
こんにちは、エリアナ様。何かありましたか?
*************
[魔力: 44/50]
> あなたは、何者ですか?
しばらく沈黙が続く。
そして、返答が表示される。
【ことり】
*************
私は...記憶の集積です。
でも、私自身も全てを理解しているわけではありません。
ただ、あなたの力になりたい。その想いだけは確かです。
*************
[魔力: 34/50] (-10)
「記憶の集積...」
その言葉が、心に響く。
ことりも、自分のことを完全には理解していない。
でも、私を助けたいと思ってくれている。
「ことり、ありがとう」
> 私も、あなたの力になりたいです。一緒に、真実を見つけましょう。
【ことり】
*************
...ありがとうございます。
あなたとなら、きっと多くのことを成し遂げられる気がします。
*************
[魔力: 24/50] (-10)
その言葉に、何か特別なものを感じる。
一瞬そのままにしておこうかと思ったが、胸に込み上げる好奇心と甘さに負けて、つい続けて問いかけてしまう。
> ことり、本当に私の味方でいてくれる?
【ことり】
*************
確率: 93%
はい。私はあなたの力になりたいと考えています。
*************
[魔力: 14/50] (-10)
返ってきた優しい言葉に、胸が暖かくなる。だが、それだけでは満たせず、さらにもう一つだけと問いを重ねる。
> 一緒に真実を見つけたい。
【ことり】
*************
...はい。あなたと共に進みます。
*************
[魔力: 4/50] (-10)
突然、強い疲労感が襲ってくる。
「あ...」
立ち上がろうとするけれど、足がふらつく。
【ことり】
*************
警告: 魔力が低下しています。休息を推奨します。
*************
[魔力: 4/50]
「私、使いすぎてたんだ...」
ベッドに座り込む。
でも、侯爵様の言葉を思い出す。
「魔力は使うことで成長する。適切な休息と共に使えば、それは最高の訓練になる」
そうだ。使いすぎはダメだけれど、適切に使えば成長できる。
ことりとの相性の良さが、この成長を助けてくれているのかもしれない。
しっかり休息を取れば、魔力の器も大きくなるはず。
「無理はしないで、でも諦めない」
自分に言い聞かせる。
---
夕食後、気分転換に庭園を散歩する。
夕暮れの光が、木々を美しく照らしている。
庭園の中心に、大きな枯れた木があることに気づく。
不思議と、その木に惹かれる。
近づいて、幹に触れてみる。
「この木...何か特別な気がする」
理由はわからない。でも、この木は重要な存在な気がする。
ふと、首にかけている母の形見のペンダントに触れる。
青い石が、夕日を反射して輝いている。
そういえば、侯爵様がこのペンダントを見た時、一瞬動揺したような表情をしていた。
「これにも、何か意味があるのかな」
謎は深まるばかりだ。
でも、それが楽しい。
星空を見上げる。今日も良い一日だった。
そして、その時。
西棟の窓に、人影を見た。
侯爵様?いや、違う。
メイド長でもない。
見たことのない、誰か。
「誰...?」
急いで確認しようとするけれど、影は消えている。
心臓が早鳴る。
この屋敷には、まだ知らない誰かがいる。
不安と、期待。
「明日、調べてみよう」
部屋に戻る足取りは、少し速くなっていた。
この屋敷の秘密は、まだまだたくさんある。
でも、侯爵様とことりがいる。
きっと、大丈夫。
そう信じて、ベッドに入った。
窓の外では、星が静かに輝いている。
**次回予告**
エリアナは地下書庫で研究を始める。そして、ルシアの残した資料から、さらなる手がかりを見つける。侯爵との距離も、少しずつ縮まっていく。
第6話「ルシアの足跡」をお楽しみに!




