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【第III部 開始】異世界の侯爵家に招かれた元SEの私、手のひらサイズの語り箱と秘密だらけの屋敷で溺愛されています  作者: プロンプト時雨
第II部: 調査と成長

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第40話: 侯爵の気遣いと森の調査

夜の応接室は、昼間の喧騒とは対照的に、静寂が支配していた。窓の外には月明かりが庭園を薄く照らし、白いティーカップが低いテーブルの上で静かに佇んでいる。紅茶の湯気がゆっくりと立ち上り、ほのかなベルガモットの香りが部屋に広がった。


侯爵が静かに私の席に近づき、低い声で言った。


「少し、話せるか」


その一言に、胸の奥で昨夜のざわつきが再び蘇る。セレスティアのこと、研究の会話に置いて行かれたような感覚、そして自分でも驚くほどの不安――それらが一気に押し寄せた。


私は小さく息を整え、うなずいた。侯爵はカップを一つ差し出し、席に着く。その動作はいつものように無駄がなく、しかしどこかためらいが感じられた。


「昨日は、すまなかった」


先に謝罪の言葉を口にしたのは侯爵だった。その言葉に胸が小さく跳ねる。彼の謝罪は、私が責める意図を持っていないことを察してのものだとすぐに理解した。


「君を置いてきぼりにした」


その静かな言葉には重みがあり、私の心の隙間を丁寧に埋めていく。私は喉を鳴らし、どうしていいかわからない思いを口にした。


「分からない会話が怖かった。置いていかれる気がして……」


言葉にしてみると、胸の中の重みが少しだけ軽くなる。感情を言葉にすることの恐れは、実際に口にすることで半分ほど解けるのだと気づいた。


侯爵は私の言葉を静かに受け止め、目を細めた。


「君が怖かったなら、それは私の配慮が足りなかった。気づけずに申し訳ない」


その言葉は、責任を引き受けるように慎ましく、確かなものだった。胸にあった小さな石が、ゆっくりと沈んでいくのを感じる。


侯爵はセレスティアについても簡潔に説明してくれた。彼女の来訪は研究協力の打診であり、情報交換が目的だという。その説明は、私の不安を少しずつ和らげていった。


「君は特別だ。何より優先している」


その言葉が静かな部屋に響く。私の頬が熱を帯び、胸の鼓動がいつにも増して大きくなる。『特別』という言葉には、ただの礼節や気遣いを超えた重みがあった。


私は目を伏せ、一瞬だけ照れを隠すように笑った。


侯爵はそのまま黙って私の手を取り、両手で包むようにして温めた。その温かさが指先から伝わり、固くなっていた心がゆっくりとほどけていく。彼の掌の中で、私の心臓は素直に跳ねた。


「だが、まだ早い」


その言葉に、私はふと考えた。彼は私を守ろうとしているのか、それとも外部の視線や立場を警戒しているのか。どちらにせよ、その節度は私にとって信頼の証でもあり、同時にこれから生まれる影への予防でもあるのだと感じた。


彼の優しさには、きっぱりとした自制が混じっていた。距離を詰めることを望みながらも、それを無理強いしない。その控えめな節度が、私にとってさらに信頼を深める要素となった。


「わかった」


呟いた言葉は小さかったが、確かに私の意志だった。嫉妬という感情を抱えたままでも、彼と共に歩みを進めていく決意が心の中で芽生えた。


応接室を出ると、侯爵は外套をそっと私の肩にかけ直してくれた。その生地は厚く、触れるたびにじんわりと温かさが伝わる。その所作は儀礼的でありながら優しく、私は胸に残る温かさを抱えたまま廊下へと歩き出す。


「おやすみ」


短い見送りの言葉が耳に触れ、私の心は溶けるように柔らかくなった。部屋へ戻る扉の前で振り返ると、侯爵はすぐに背を向けて仕事へ戻る仕草を見せた。その距離感は、私にとって安心の尺度になっている。


自室に戻ると、私は書きかけの調査メモを取り出した。夜の静けさの中で、今日の会話を反芻しながら新しい仮説の枝を一つ付け加える。『特別』という言葉は、私たちの関係に新たな質を与えたが、それは外部からの視線を生む種にもなる。


噂は、些細な行動から生まれる。侯爵の細やかな配慮が、どこかで話題になれば、私たちの立場に影響を与えるかもしれない。だが、私は今それを恐れすぎないと決める。半年という制約がある故に、時間は貴重だ。だからこそ、心の配慮を最優先にして進む。


寝る前に、ことりにもう一度だけ確認を求める。


【ことり】

***************

現在の感情は安定傾向にあります。外部の視線に対しては単独で反応せず、侯爵と情報の扱い方を共有してください(確率: 79%)

***************

[魔力: 45/110(消費: 10)]


ことりの返信を眺め、私は枕に頭を落とす。侯爵の言葉は、夜の暗闇に柔らかく残り、心を暖める毛布のようだった。


明日は、調査の枝をたどりながら、噂の芽に対する備えも少しずつ進めるつもりだ。恋心は育つが、それは私の目的や日々に蓋をするものではない。むしろ、温かさが背中を押すように前へ進ませる。


眠りに落ちる前の私の視線は、窓越しの月へと向けられていた。侯爵の言葉を反芻しながら、私は夜明けにまたひとつ先へ進む決意を新たにする。

**次回予告**

屋敷の囁きが軒を越え、噂は静かに外へ向けて広がり始める。研究と社交の両面で波紋が広がり、私たちは選択を迫られる――第41話「競争」へ続く。

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