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【第III部 開始】異世界の侯爵家に招かれた元SEの私、手のひらサイズの語り箱と秘密だらけの屋敷で溺愛されています  作者: プロンプト時雨
第II部: 調査と成長

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第37話: 日常の幸せ

朝の光が、ダイニングの木肌をやわらかく照らしていた。


席に着く前から、侯爵が私の紅茶を手に取る。湯気が顔に当たらないよう、カップの向きをそっと変えた。


たったそれだけの仕草が、胸に刺さる。


「砂糖は、控えめで良かったか」


当たり前みたいに言われて、私は頷くしかない。


隣でリリアが、吹き出しそうなのを堪えている。メイド長は何も言わず、私の前にパンを置いた。その配置まで、私が食べやすい順になっている。


否定したい。


ただの気遣いだ、と。


でも、嬉しさが先に来てしまう。顔に出るのが分かって、私はわざとパンに視線を落とした。


リリアが、目配せで言う。


――それ、絶対特別扱い。


侯爵が一瞬だけ、私を確かめるように見た。


胸がきゅっと痛んで、それからすぐ温かくなった。痛みと温もりが同じ場所にある。


朝食の一時間が、いつもより濃密だった。


午前は地下研究所へ。


古い書架の匂い。蝋の残滓。紙粉が指先にまとわりつく。私はこの空気を嫌いじゃない。


侯爵はいつもより早く現れ、作業の区切りを短くすると告げた。


「休憩を増やす。長く続けるより、確実に進める」


保護する言葉なのに、命令の芯がある。


私が反論しかける前に、彼は淡く笑った。


「君の調子が一番大事だ」


フィリップが資料を抱えて現れ、三人の作業が始まる。


鍵。


触媒。


誓い。


散らかったメモを束ね直すと、次の調査対象が少しだけ輪郭を持つ。輪郭が見えるだけで、胸の焦りが和らぐ。


私は確認のため、ことりを起動した。


> 優先して当たるべき順番を教えて。いま整理しているのは「鍵/触媒/誓い/外部資料」。


【ことり】

***************

優先度は「触媒→誓い→外部資料」の順が効率的です。

「鍵」は併走して照合してください。

(確率: 78%)

***************

[魔力: 75/105(-10)]


三十八パーセント。低い。けれど、それでいい。


侯爵は表示をちらりと見たが、何も言わない。私がことりに頼りきりにならない距離を、彼はちゃんと守ってくれる。


「その順で進めよう。無理はするな」


短い言葉の中に、私を守る意志がある。


午後。


応接室で二人きりのお茶になった。窓の外の風が静かで、カップの触れ合う音が小さく響く。


「最近、眠れているか?」


業務の確認ではない。私生活に踏み込む気遣い。


私は「はい」と答えるだけなのに、声が熱を帯びる。自分の声が自分じゃないみたいで、恥ずかしくなる。


侯爵はそれ以上深く聞かず、ただ頷いた。


その頷きが、許しみたいで、胸が柔らかくなる。


夕方はリリアの部屋。


焼き菓子のバターの香りと、紅茶の湯気。椅子に座ると、リリアが櫛を手に取った。


髪を梳かれる音は、いつも通りのリズムで、心の奥の固さをほどいていく。


「ねえ、最近。幸せそうな顔してる」


私は否定しかけて、できなかった。


代わりに、枕に顔を埋める。リリアが笑い、私の背中を軽く叩いた。


「ほら。そういうとこ」


安心が、恥ずかしさの上に覆いかぶさる。


私は心の整理をしたくて、ことりに短く訊いた。


> いまの私は、どう振る舞うべき? 幸せなのに、焦りも同時にある。


【ことり】

***************

感情は「愛情」と「時間制約による焦燥」が混在しています。


推奨:

1) 体調管理と睡眠を優先

2) 調査の優先度を固定し、過剰な自己負荷を避ける


決断はあなた自身のペースで。

(確率: 38%)

***************

[魔力: 65/105(-10)]


四十六パーセント。


低い。けれど、それでいい。


恋の扱い方に、万能な答えなんてない。ことりは選択肢をくれるだけで、背中を押すのは私だ。


リリアが、紅茶を差し出した。


「ね、焦ってる顔してると、幸せも逃げちゃうよ」


冗談のようで、核心を突く。


私は笑って頷いた。温かいカップが手のひらを温める。


夜。


用事で書斎に立ち寄ったとき、机の端に魔法学院の紋章が押された封書が見えた。封はまだ開かれていない。


私は触れない。ただ、宛名の隣に走る文字を目で追ってしまう。


「セレスティア」


名前を見ただけで、胸がざわついた。


理由が分からない。嫉妬だなんて、そんな幼い感情だと否定したい。


でも、心は反応してしまう。


就寝前、私はことりに確認した。


> 「セレスティア」という名の印象と、学院からの来客が意味することを。


【ことり】

***************

『セレスティア』は学究的・高位の出自を示唆します。

来訪は情報源として有益かもしれません。

(確率: 71%)

***************

[魔力: 55/105(-10)]


指針としては十分。


私は枕に手を置き、侯爵のことを思った。


最近の優しさは、礼節以上の温度を持っている。だからこそ、周囲も気づき始める。


廊下ですれ違うメイドたちの小声。食堂で交わされる噂。メイド長が意味ありげにこちらを見る視線。


“特別扱い”は、いつか屋敷の外へも漏れるだろう。


嬉しい。


怖い。


半年という期限と、解けていない謎が、私の恋の輪郭を曇らせる。


それでも今夜は、リリアの笑い声と、侯爵の沈黙の保護を胸にしまって眠りについた。


日常が幸せだと知ってしまった。


そして、新しい風が来る気配も。

**次回予告**

日常の幸せの向こうに――

第38話「ライバルの登場と監視の影」では、学院からの来客『セレスティア』の登場で波乱が近づく。お楽しみに。

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