第32話: 魔力の成長と緊急停止の練習
朝の空気はひんやりと澄んでいる。
私は昨日の調査を思い返しながら、屋敷の庭園の一角にある訓練場へと足を運んだ。
「解縛」「誓い」「鍵」――手がかりは得た。でも、知識だけでは足りない。力も必要だと痛感した。
朝日が低く差し込み、庭園の草木に残る霜がきらめいている。
吐く息は白く、頬に当たる空気がひんやりとしている。
遠くで風が木々を揺らす音が聞こえ、静かな緊張感と新しい一日の始まりを感じる。
昨日の調査を思い返すと、胸の奥に小さな不安と期待が同時に湧き上がる。
訓練場へ向かう途中、ふとメイド長が遠巻きにこちらを見守っているのに気づく。
彼女の静かな視線に、少しだけ背筋が伸びる。
皆が私の成長を期待してくれているのだと、改めて実感する。
足元の小道には朝露が残り、靴の先がしっとりと濡れる。
メイド長の視線を感じると、背筋が自然と伸びる。
誰かに見守られている安心感と、期待に応えたいという気持ちが胸に広がる。
半年という時間制限が、私の背中を押す。
侯爵様が結界を張り、短時間の集中訓練を提案してくれる。
「君の成長が、呪い解除の鍵になる」
その言葉に、私は決意を新たにした。
前世のSE時代の癖で、ウォームアップから本番、ログ記録まで流れを組み立てる。
小さな失敗を繰り返しても、折れずに修正できる自分に少しだけ誇りを持つ。
訓練場の結界内で、侯爵様が「もしもの時のために」と緊急魔法陣停止スキルの練習を提案した。
あの日の魔法陣暴走の恐怖が脳裏に蘇る。
小規模な魔法陣を用意し、暴走状態を疑似的に作り出す。
私は魔力制御で割り込み、停止を試みる。
何度か失敗するが、徐々にコツを掴んでいく。
魔法陣の光が一瞬強くなり、空気がピリッと張り詰める。
指先に微かな熱としびれを感じ、耳の奥で魔力のざわめきが響く。
胸の奥がきゅっと締めつけられるような緊張感。
だが、深呼吸を繰り返すうちに、少しずつ心が落ち着いていくのを感じた。
「冷静に行えば、もっと効率的にできるはず」
そう気づいた瞬間、侯爵様が「君なら大丈夫だ」と励ましてくれる。
その笑顔に胸が高鳴る。
魔力制御の独自理論を作りたい。
私はことりに相談しようとする。
まずは自分の力で答えを出したい――けれど、どうしても行き詰まったときは、ことりの力を借りるしかない。
そんな葛藤が胸をよぎる。
すぐに問いかける勇気が出ず、まずは自分なりに魔力の流れを観察し、仮説を立ててみることにした。
頭の中で整理しながら、ことりにどう相談すべきか考えを巡らせる。
魔法陣を止める練習は神経を磨くような訓練だった。
何度か失敗したが、原因を一つずつ潰していくうちに割り込みに成功し、安堵と小さな自信が胸を満たした。
侯爵の励ましが力になった。
訓練を終えても、まだ自分の魔力制御には曖昧な部分が残っている気がした。
もっと効率よく、安定して制御する方法を見つけたい――そう思い、私はことりに相談することにした。
> 魔力フローの最適な配分について、何かヒントはある?
【ことり】
*************
魔力フローは「帯域」として捉えると分かりやすいです。流れを均等に保つことで、暴走を防げます。
*************
[魔力: 90/100(-10)]
「帯域……なるほど、ネットワークのトラフィックみたいなものかも」
思わず小さく笑ってしまう。
ことりの例えは、時々妙に的を射ていて面白い。
ことりの助言を受けて、私は自分の成長をほんの少し実感する。
AIの限界も感じつつ、それでも前より自分で考えられるようになった気がした。
けれど、ことりの返答が万能でないことに、ほんの少しだけ心細さも覚える。
最終的に頼れるのは自分自身なのだと、改めて思い知らされる。
私は自分の体感と照合し、魔力配分のルールを簡易化する。
再現可能な形にまとめると、侯爵様が「自分の言葉にせず、形にした」点を評価してくれた。
ことりのアドバイスを受けて、私は自分の魔力の流れを意識的に観察する。
帯域という比喩がしっくりきて、魔力がどこで詰まりやすいか、どこで流れが乱れるかをノートに書き出してみる。
前世のシステム設計の経験を思い出し、魔力の流れを図式化してみると、意外なほど整理がついた。
「自分の体感を言葉にして、形にする」――それは思った以上に難しい作業だったが、侯爵様が「その姿勢が大事だ」と優しく声をかけてくれる。
私は少しだけ自信が湧いてきた。
昼は複合魔法(風+光)を試した。
帯域を意識して魔力のバランスを取り直すと、暴れた光を制御して狙いの形に編み上げられた。
成功は達成感をくれたが、多くの魔力を消費して疲労も残った。
訓練中、ふとあの暴走魔法陣の恐怖が脳裏をよぎる。
あの時の焦りや絶望感、手が震えた感覚が一瞬だけ蘇る。
だが、今は侯爵様がそばにいてくれる。
私は深呼吸し、恐怖を振り払って訓練に集中した。
[魔力: 55/100(-35)]
自分の感覚を再現可能なルールに落とし込むことで、次に同じ状況が来ても対応できるという安心感が生まれる。
私はノートに「魔力配分ルール(仮)」と書き、具体的な手順や注意点をまとめていく。
腕の疲れを感じながら、私はゆっくりと温室へ向かった。
温室の小テーブルで、侯爵様が自ら紅茶を注いでくれる。
「今の成功は偶然ではない」と褒めてくれる。
指先の震えを見て、休息を促してくれる優しさに、私は守られている安心感を覚える。
カップから立ちのぼる紅茶の香りが、張り詰めていた心をそっとほぐしていく。
白い湯気がふわりと揺れ、手に伝わるカップの温もりが心地よい。
ひと口含むと、優しい甘みと渋みが広がり、体の芯まで温まる気がした。
カップをそっとテーブルに置くと、静かな温室に小さな音が響く。
その音さえも、今は心地よい安心感に包まれていた。
紅茶の香りがふわりと広がり、温室の空気は外の寒さを忘れさせてくれるほど温かい。
侯爵様の手が私の手袋越しにそっと触れる。
「無理はしないように」と、低く優しい声で囁かれると、胸の奥がじんわり熱くなる。
魔力を大量に消費したことで、全身に心地よい疲労感が残る。
訓練の手応えと、消耗感が重なり、今の自分が確かに成長していることを実感した。
肩や腕にじんわりとした重さが残り、深く息を吐くと、体の奥から静かな満足感が湧き上がる。
汗ばんだ額をそっと拭いながら、今日一日の努力を噛みしめる。
「これは君だけのものだよ」と侯爵様が微笑む。
その独占的な響きに、思わず顔が熱くなる。
手袋をそっと握りしめ、守られている安心と、どこかくすぐったいときめきを感じる。
手袋をはめると、指先からじんわりと温もりが広がる。
まるで小さな魔法のように、心の緊張がほどけていく。
布地の柔らかさと、侯爵様の想いが重なって、胸の奥がふわりと温かくなる。
手袋の重みが、今の自分をしっかりと現実につなぎとめてくれる気がした。
手袋の内側は滑らかで、指を動かすたびに優しく包み込まれる感触が心地よい。
外の冷たい空気と対照的に、手のひらには確かな温もりが残る。
その温度が、私の心までそっと守ってくれる気がした。
ふと自分の手を見ると、指先がわずかに震えていることに気づく。
侯爵様はその様子を見逃さず、そっと私の手を包み込むようにして「無理はしないように」と優しく囁いてくれる。
その温もりに、私は心から安心した。
休憩中、私はことりに追加で相談する。
昨日の調査で得た手がかり、今日の訓練で積み重ねた成長。どちらも確かに前進しているという実感がある。でも、半年という期限は常に頭の片隅にあって、時折胸を締め付けるような焦りも感じる。それでも、今の自分ならきっと乗り越えられる――そう信じたい。
明日はリリアが来る。久しぶりの再会に、胸が期待で高鳴る。彼女との会話で、自分の気持ちを整理できるかもしれない――そんな予感が、胸を熱くする。新しい一日が、また私を強くしてくれる気がした。
> 今日の訓練の優先度と安全配分について、アドバイスをください。
【ことり】
*************
確率: 68%
「安全第一で、魔力測定を優先してください。訓練は段階的に進めるのが効果的です。」
……本日もご利用ありがとうございます。魔力残量にはご注意を!
*************
[魔力: 45/100]
午後、部屋に戻ると侯爵の笑顔が頭をよぎり、眠れない夜が来た。
ベッドで今日の訓練を反芻し、ことりや前世の知識が確かな手応えをくれたこと、侯爵の優しさが支えになっていることに感謝する。
半年の期限は重いが、その重さが私を駆り立てる。
明日はリリアの来訪――小さな安堵を胸に、私は眠りについた。
部屋に戻る途中、廊下の窓から外を眺めると、夜露が白く光っていた。
白く縁どられた庭の輪郭を見ていると、どこか懐かしい気持ちになる。
前世の冬、パソコンの画面越しに見た雪景色とは違う、温かさがここにはある。
部屋に戻ると、今日の訓練ノートを丁寧に書き留める。
魔力制御のコツ、失敗した時の感覚、侯爵様の言葉、そして自分の気持ち――すべてが大切な財産だ。
ノートを書き終えると、少しだけ肩の力が抜けた。
窓の外は朝霜が残る景色。
明日はリリアが来る。
久しぶりの再会に、胸が高鳴る。
彼女との時間で、自分の心を少しでも軽くできるかもしれない――そんな期待が、景色をより美しく見せる。
夜の冷えが深まる中、私は小さく息を吐く。
「明日、リリアに会える。きっと大丈夫」――そんな期待と決意が、胸の奥に灯る。
完璧じゃなくてもいい。弱さも迷いも、今の自分の一部として受け入れよう――そう思えた。
「大丈夫、きっと乗り越えられる」
自分にそう言い聞かせて、私はそっと目を閉じた。
**次回予告**
リリアが屋敷を訪れ、エリアナの心に新たな波紋が広がる。恋愛相談と友情の再会、そして侯爵様との距離はどう変化するのか――。
第33話「リリアの訪問」をお楽しみに!




