第30話: 呪いの始動、決意の誓い【第I部終章】
地下研究所の中央室は、石造りの壁に囲まれた静かな空間だった。
フィリップが資料を広げ、侯爵様が横に立つ。私は机の上のことりに手を置いた。
「ルシアの研究ノート、最後のページです」
フィリップが羊皮紙を指さす。
そこには、複雑な魔法陣の設計図。"意識転送魔法陣"と書かれていた。
「意識を……転送?」
私は前世の記憶を辿る。バックアップ、移行、同期――。
「ルシアは、意識を構造として写し取ろうとしていました」
フィリップが言う。
「もしそれが完成すれば、呪いのループを外側から書き換えられる可能性が――」
その瞬間。
部屋の奥から、低い振動音が響いた。
◇
「何……?」
私は声を上げる。
部屋の奥にある大きな装置が、青白い光を放ち始めていた。
誰も触れていない。なのに、動き出している。
「まずい!」
フィリップが駆け寄る。
床に刻まれた魔法陣が次々と光り始めた。あの呪いの魔法陣だ。
侯爵様の顔が歪む。
「侯爵様!」
私は叫んだ。
侯爵様の身体が――透けている。
指先から、肩へ。腕へ。
まるで、存在そのものが薄れていくように。
「時間から……消えていく……」
侯爵様が呟く。苦しそうに膝をつく。
私の心臓が凍りついた。
失う。
この人を、失う。
「いやっ……!」
私は侯爵様に駆け寄り、その腕を掴んだ。でも、手が――すり抜けそうになる。
冷たい。怖い。
フィリップが叫ぶ。
「エリアナさん! 魔法陣を止めろ! 君にしかできない!」
私は装置を見た。魔力の流れが見える。前世で見た、システムの暴走に似ている。
緊急停止――。
プロセスを割り込んで、強制終了する。
「できる……やるしかない!」
私は全ての魔力を集中させた。魔法陣解析Lv.3、複合魔法陣解析Lv.1、魔力制御Lv.2――全てを使う。
【ことり】
*************
確率: 82%
緊急停止シーケンス:
1. 魔力供給ラインの遮断
2. 中央ノードへの割り込み
3. 全ループの強制終了
あなたならできます。
*************
[魔力: 90/100] (-10)
私は装置に手を伸ばし、魔法陣の中心に魔力を叩き込んだ。
「止まれ――!」
光が弾ける。
魔力が一気に流れ出す。100、90、70、50――。
ことりの文字が激しく点滅する。
【緊急魔法陣停止Lv.1 習得】
全身から力が抜ける。でも、装置の光が消えた。
魔法陣も、静かになった。
侯爵様の身体が――元に戻っている。
「侯爵様……!」
私は倒れかけながら、侯爵様に手を伸ばした。
侯爵様が私を受け止める。その腕は確かに、温かい。
「エリアナ……君が、救ってくれた」
私は涙が止まらなかった。
怖かった。本当に、怖かった。
◇
「解析結果が出ました」
フィリップが重い声で言った。私たちは研究所の隅で休んでいた。
「呪いの構造が分かりました。……そして、最悪の事実も」
私は息を呑む。
「呪いは、"ルシアの意識転送魔法陣の完成"を解除条件としています」
「それなら……」
「でも」フィリップが首を振る。「完成しなければ、侯爵は徐々に時間から消えていく」
侯爵様が静かに言った。
「……猶予は?」
「約半年。次の魔力共鳴が起きるタイミングです」
半年。
その言葉が、重く胸に沈んだ。
「半年で……意識転送魔法陣を完成させなければ」
私は拳を握る。
「ことりの正体も、この研究と深く関わっています」
フィリップがことりを見た。
私はことりに問いかける。
> あなたは……ルシアの研究と関係があるの?
【ことり】
*************
確率: ??%
……
*************
[魔力: 40/100] (-10)
確率が表示されない。これは初めてだ。
侯爵様が私の肩に手を置いた。
「無理はしないで」
「……でも」
「君はもう十分、戦ってくれた」
私は侯爵様を見上げた。その目は優しいけれど、どこか諦めのような影がある。
それが、許せなかった。
◇
夕方。侯爵様の書斎に呼ばれた。
侯爵様は窓の外を見ていた。
「エリアナ。君を危険に巻き込んでしまった」
その声は、いつもより低く、震えていた。
「私は……君がいなければ、今頃消えていた」
私は胸が締め付けられる。
「侯爵様……」
「でも、もう君に頼ることはできない。これは私の呪いだ。私が――」
「違います」
私は遮った。
「違います。私、侯爵様を失いかけて、怖くて……でも、だからこそ分かったんです」
侯爵様が振り返る。
「あなたを救いたいって。あなたが消えるなんて、絶対に嫌だって」
涙が溢れた。止まらない。
「私、もう一人じゃありません。侯爵様がいて、ことりがいて、フィリップがいる」
「だから……一緒に戦わせてください。お願いします」
侯爵様の目が大きく開く。
そして、ゆっくりと私に近づいて――抱きしめてくれた。
「……君がいなければ、もう耐えられない」
その声は、震えていた。
「君の存在が、私の希望なんだ」
私は侯爵様の胸に顔を埋めた。温かい。確かにここにいる。
「絶対に、救います」
私は誓った。
侯爵様の手が、私の髪に触れる。
「……ありがとう、エリアナ」
私たちはしばらく、そうしていた。
窓の外の夕焼けが、二人を優しく照らしていた。
◇
侯爵様がお茶を淹れてくれた。
温かいハーブティー。甘い香りが心を落ち着かせる。
「飲んで。かなりの魔力を使ったんだから」
侯爵様が優しく言う。
私はカップを両手で包んだ。温かい。
「侯爵様……額に触れてもいいですか?」
侯爵様が驚いたように目を瞬かせる。
「……どうして?」
「確かめたいんです。ちゃんと、ここにいるって」
侯爵様が小さく笑って、頷いた。
私はそっと、侯爵様の額に手を当てた。
温かい。柔らかい。生きている。
「……よかった」
私は涙ぐんだ。
侯爵様が私の手を取る。
「私もだ。君がいてくれて、本当に良かった」
その言葉が、胸の奥に染み込んだ。
これは、恋なんだ。
私は、この人を愛している。
その事実が、はっきりと分かった。
◇
深夜。私は一人、部屋でことりと向き合っていた。
【ことり】
*************
確率: 78%
成長記録(最終確認)
- 魔力上限: 50 → 100
- 習得スキル:
魔法陣解析Lv.3
複合魔法陣解析Lv.1
魔力制御Lv.2
緊急魔法陣停止Lv.1(新規)
あなたは、この屋敷に来てから大きく成長しました。
*************
[魔力: 50/100]
私はノートに書いた。
『半年で、意識転送魔法陣を完成させる』
『侯爵様を、絶対に救う』
『ことりの正体も、必ず解明する』
文字が震えている。でも、決意は揺るがない。
窓の外を見ると、屋敷の森の奥に――一瞬、青白い光が見えた気がした。
誰か、いる?
でも、すぐに消えた。
私は窓を閉めた。
半年。
時間はない。でも、諦めない。
私には、守りたい人がいる。
愛している人がいる。
そして、一緒に戦ってくれる仲間がいる。
「ことり。明日から、本気で戦うよ」
【ことり】
*************
了解しました。
共に、進みましょう。
*************
私はベッドに入り、目を閉じた。
侯爵様の温かさが、まだ手に残っている。
「絶対に、救う」
私は小さく呟いて、眠りに落ちた。
これにて、第I部はひとまず幕となります。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
**次回予告**
第II部では、意識転送魔法陣の手がかりを求めて本格的な調査が始まる。屋敷に残された文献と地下研究所を手がかりに、敵対勢力の影もちらつき――そして、侯爵様との距離も、もう一段階近づいていく。
第II部は16日より更新再開予定です。
ぜひブックマークしてお待ちください!




