第29話: 決意と絆
呪いの魔法陣を見た夜から、私は少しだけ眠りが浅くなった。
夢の中で、同じ線を何度も辿る。出口のない円環。止まった時間。
目を覚ますたびに思う。
――あれを解かないと。
◇
午前、庭園のベンチで侯爵様と向かい合った。
木々のざわめきが、言葉の間を埋めてくれる。
私は息を整え、真正面から言った。
「侯爵様。私、あなたを救いたいです」
声が震えた。でも、逃げない。
侯爵様の目が大きくなる。
「……私を?」
「はい。呪いを解きたい。時間を動かしたい。……あなたが、ずっと一人で背負ってきたものを」
言い終える前に、喉が詰まる。
侯爵様はしばらく黙り、やがて、優しく微笑んだ。
「君がいてくれて良かった」
その一言が、胸の奥に落ちて、温かい。
私は目を瞬かせて、笑った。
「私も……ここに来て良かったです」
侯爵様はゆっくり立ち上がり、私へ手を差し出した。
「戻りましょう。風が冷たい」
私はその手を取った。指先が絡むほどじゃないのに、十分すぎるほど温かい。
「……今も、怖いですか」
「怖いです」
「それでも、言った」
「言わないと、置いていかれそうで」
侯爵様の指が、ほんの少しだけ強くなる。
「置いていきません。君が望むなら」
その言葉で、胸の奥の硬い塊が少し崩れた。
◇
午後、机にことりを置き、深呼吸して問いかけた。
【ことり】
*************
確率: 74%
協力方針:
1) 呪い魔法陣の構造解析
2) ループ脱出条件の仮説立案
3) 検証計画(安全優先)
あなたの決意は、行動に変換できます。
*************
[魔力: 90/100] (-10)
「行動に変換できる……」
ことりの言葉は、完璧じゃない。
でも、今の私は“完璧”がほしいんじゃない。進むための、確かな一歩がほしい。
私はノートを開き、太字で書いた。
『脱出条件』
『安全』
『侯爵様を救う』
書いた文字が、思ったより揺れて見えた。
私はペンダントに触れ、息を吐く。守られてきたものを、今度は守る側へ。
◇
夕方、侯爵様と廊下ですれ違った。
私が手を胸元に当てると、侯爵様の目が少しだけ柔らかくなる。
「無理はしないで」
「はい。でも、進みます」
侯爵様は小さく笑って、私の手に触れそうで触れずに止まった。
「……頼りにしています」
私は頷いた。
頼りにされるのが嬉しい。怖いのに、嬉しい。
そして思う。
これは、私と侯爵様とことり――三人の仕事だ。
夜、布団に入っても、指先に残る温度が消えなかった。
“君がいてくれて良かった”。
その言葉を胸の中で反芻し、私はやっと眠りに落ちた。
**次回予告**
フィリップから新情報。呪いを解く鍵は「ルシアの研究の完成」にある。彼女が目指した意識転送魔法陣が、なぜことりの振る舞いと繋がるのか――第I部の成長を振り返りながら、私たちは本格的な調査へ踏み出す。
第30話「第I部終章:新たな冒険へ、成長の実感」をお楽しみに!




