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【第III部 開始】異世界の侯爵家に招かれた元SEの私、手のひらサイズの語り箱と秘密だらけの屋敷で溺愛されています  作者: プロンプト時雨
第I部: 到着と発見

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第26話: 西棟の声

夜、風が強かった。


窓を揺らす音に紛れて、もうひとつ――屋敷の奥から、小さな物音が聞こえた気がした。


金属が触れ合うような、乾いた音。


私はベッドの上で息を止める。


また、西棟?


あの場所は危険だと叱られた。けれど今は――私はひとりじゃない。



私は上着を羽織り、廊下へ出て、侯爵様の部屋の前で立ち止まった。


迷って、でも叩いた。


扉が開き、寝支度をしていた侯爵様が現れる。


「エリアナさん?」


「すみません。……西棟から、音が」


侯爵様の表情がすぐに引き締まった。


「一人で行こうとしましたか」


「いいえ。……今回は、侯爵様と」


侯爵様は小さく頷き、外套を取った。


「一緒に行きましょう。ただし、私の指示に従うこと」


「はい」


心臓がうるさい。でも、隣にいる温度が、怖さを薄めてくれる。



西棟の廊下は、空気が違った。


少しだけ甘い香り。古い薬草みたいな匂い。魔法灯の光が、壁の装飾を歪める。


「ここです」


侯爵様が足を止めた。


扉の隙間から、微かに光が漏れている。


侯爵様が手袋の上からノブに触れ、慎重に開けた。


――室内は、驚くほど整っていた。


埃ひとつない机。棚に並べられた瓶と器具。布で覆われた小物。


「……保管されてる」


「ルシアの私物です。……誰にも触らせないように」


言葉の端に痛みが混ざる。


私は息を吸い、目を凝らした。


机の隅に、小さな箱がある。鍵がかかっていない。侯爵様が一瞬躊躇して、それから蓋を開けた。


中には紙束。


日記――と呼ぶには、あまりにも丁寧に綴じられた記録。



「読むのは、私だけにしてきました」


侯爵様が低く言う。


「でも、君には……必要かもしれない」


私は頷いた。


ページを開く侯爵様の指先が、ほんの少し震えていた。


『研究は進んでいる。魔法陣は、意志と構造の境界を越えられる。もし成功すれば――』


その次の行で、侯爵様が息を止めた。


『彼は、時間に縛られている。私は……彼を守りたい』


侯爵様の顔が苦しげに歪む。


私は胸が痛くて、何も言えなかった。


ルシアの文字は、研究の記録なのに、祈りみたいだった。


「侯爵様……大丈夫ですか」


「……大丈夫ではありません」


正直な答えに、私は喉が詰まった。


侯爵様はページを閉じ、目を伏せた。


「君に見せるべきか、迷いました」


「見せてください。……私、知りたいです」


知ることは怖い。でも、知らないまま隣にいるのは、もっと怖い。


侯爵様はしばらく黙ってから、頷いた。


「明日、改めて。読む許可を出します」


その言葉が、私の背中を押した。



部屋を出たあと、廊下の角で立ち止まる。


侯爵様の手が、私の肩にそっと触れた。


「怖かったですか」


「怖かった。でも……侯爵様がいると、違います」


侯爵様の指が、ほんの少しだけ強くなる。


「君の勇気に、救われます」


その声が優しくて、私はうつむいて笑った。

**次回予告**

ルシアの日記を読む許可を得る。研究への情熱と、侯爵様への深い愛情。「彼を守りたい」という言葉に、私は複雑な気持ちになって――それでも、受け継ぐ決意をする。


第27話「ルシアの想いと研究」をお楽しみに!

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