第25話: 告白の予感と躊躇
舞踏の練習のあとから、侯爵様の視線が少しだけ違って見える。
朝、窓から差し込む光が部屋の隅まで届き、私はぼんやりと昨日の余韻を思い出していた。舞踏会の練習で、侯爵様の手のぬくもり、リリーの応援、すべてが心の奥に残っている。
けれど、今朝の侯爵様はどこか遠い。食卓で目が合っても、すぐに視線を逸らされる。近いのに、遠い。
触れられそうなのに、触れられない。
私が勝手にそう感じているだけかもしれない。でも、心臓は正直だった。胸の奥がざわざわと波立ち、息が浅くなる。
廊下を歩くと、壁にかかった絵画やランプの灯りが、いつもより冷たく感じられる。リリーの声も今日は控えめで、私の不安を映しているようだった。
「大丈夫?」とリリーが小声で聞く。
「うん、たぶん」と答えながら、私は自分の気持ちを整理しようとする。
今日こそ、何かが変わる予感がしていた。
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夕方、廊下で侯爵様と二人きりになった。
「エリアナさん」
呼ばれた声が、いつもより低い。
私は足を止めて振り向いた。
侯爵様は一歩近づき、何かを言いかけて――止まった。
口元がわずかに揺れる。視線が、私の胸元ではなく、もっと奥を見ている気がした。
廊下の空気がひんやりと冷たく、窓から差し込む夕陽が壁に長い影を落としている。侯爵様の声は、普段より低く、どこか迷いが滲んでいた。
「……侯爵様?」
私は不安と期待が入り混じった気持ちで問いかける。
「すみません。言うべきことがあるのに」
その言葉に、胸が締め付けられる。侯爵様の表情は苦しげで、目の奥に深い葛藤が見える。
「言うべきことって……」
私が問うと、侯爵様は首を振った。
「まだ時期ではない」
短い言葉。けれど、その表情は苦しげだった。ルシア様、呪い、屋敷の秘密――いろいろなものが、侯爵様の背中に乗っている。
私は息を整え、ゆっくり言った。
「待ちます」
侯爵様の目が、驚いたように大きくなる。夕陽がその瞳に反射して、揺れる光が映る。
「……待つ、と?」
「はい。侯爵様が言える時に。……その代わり、隣にいさせてください」
言い終えた瞬間、自分の頬が熱い。心臓が跳ね、手のひらがじんわりと汗ばんでいる。
侯爵様は目を伏せ、苦しさの中にほんの少しだけ安堵を混ぜた顔で頷いた。
「ありがとう」
その一言が、胸の奥で柔らかく響いた。私は、彼の想いと葛藤を受け止める覚悟を決めた。
その一言が、胸の奥で柔らかく響いた。
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夜。テラスへ出ると、空が澄んで星が近い。
冷たい夜風が頬を撫で、星空が広がる。テラスの欄干に手を置くと、指先がひんやりとした石の感触を伝えてくる。
侯爵様も静かに隣へ来て、欄干に手を置いた。二人の距離は、昼間よりも近い。
「……君は、怖くないのですか」
侯爵様の声は低く、夜の静けさに溶けていく。
「怖いです」
即答すると、侯爵様が少しだけ笑った。唇の端がわずかに上がり、目の奥に優しさが滲む。
「正直ですね」
「でも、逃げたくない。……私、ここで学べて、守られて、居場所をもらってる」
言葉が途切れた。胸の奥がじんわりと熱くなる。
本当は、もっと単純な理由もある。あなたが好きだから。でも、それは今は胸の内側にしまう。
侯爵様の横顔が、星明かりに縁取られて切なげに見えた。頬のラインが淡い光に照らされ、影が揺れる。
私はそっと、自分の手を欄干の上に置く。指先が震えているのがわかる。
すると、侯爵様の指が近づき、触れるか触れないかの距離で止まった。迷い。ためらい。それでも、そこにいる。
夜風が二人の間を通り抜け、心臓の鼓動が静かに響く。
私は小さく笑って、言った。
「……いつか、触れてください」
その言葉は、勇気と願いの両方だった。侯爵様の喉が動き、やがて、ほんの少しだけ指先が重なった。
その温度が、泣きそうなくらい優しかった。星空の下、二人の距離がほんの少しだけ縮まる。
侯爵様の喉が動き、やがて、ほんの少しだけ指先が重なった。
その温度が、泣きそうなくらい優しかった。
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部屋へ戻る前、客間の前でリリーに捕まった。
「どうだった?」
リリーは湯気の立つカップを手に持ち、私の顔をじっと見つめる。
「……だめ。言いかけて、止まった」
私は肩を落とし、カップの温かさに指先を沈める。
「ふふ。大丈夫。あなた、ちゃんと待てる顔してる」
リリーは優しく微笑み、私の肩を軽く叩く。
「そんな顔あるの?」
「ある。私が決めた」
二人でソファに座り、夜食の焼き菓子を分け合う。リリーは「待つのも勇気だよ」と言い、私は「怖いけど、信じてる」と答える。
窓の外には星空が広がり、部屋の中は静かで温かい。
「呪いが解けるまで、待つ。その先で、きっと何かが変わるよ」
リリーの言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。私は笑って、頷いた。
待つ。
呪いが解けるまで。
そして、その先で。
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部屋に戻ると、窓の外には星空が広がっていた。私はベッドに腰掛け、今日の出来事を静かに振り返る。
侯爵様の苦しげな表情、リリーの励まし、そして自分の決意。
「待つ」という選択は、簡単なようで難しい。でも、私は信じている。いつか、すべてが解き明かされる日が来ることを。
ペンダントを手に取り、胸の奥で願う。「私は、変わりたい。もっと強く、もっと優しく」
未来への不安もあるけれど、今日の一歩がきっと次へつながる。
明日、西棟からまた物音がするかもしれない。侯爵様と一緒に調査することになるだろう。
私は深呼吸し、目を閉じる。心臓の鼓動が静かに響く。
「私は、待つ。信じて、進む」
そう願いながら、眠りにつく。
**次回予告**
再び西棟から物音がする。今度は侯爵様と共に調査し、奥の部屋でルシアの私物と日記の新たな断片を見つける。苦しげに読む侯爵様を、私は見守るしかなくて――。
第26話「西棟の声」をお楽しみに!




