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【第III部完結】異世界の侯爵家に招かれた元SEの私、手のひらサイズの語り箱と秘密だらけの屋敷で溺愛されています  作者: プロンプト時雨
第I部: 到着と発見

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第24話: 舞踏会の練習

「舞踏会よ、舞踏会!」


朝食のテーブルには焼きたてのパンと果物、温かい紅茶の香りが漂っていた。窓から差し込む光が、リリーの髪をきらきらと照らす。


私はフォークを止め、リリーの突然の宣言に目を見開く。


「……舞踏会?」


リリーはパンをちぎりながら、得意げに頷く。


「そう。いつ招待が来てもおかしくないし、来なくても練習はして損しない」


私は心の中でため息をつく。舞踏会なんて、私には遠い世界だと思っていた。


「私、そんな余裕……」


言葉を濁すと、リリーがすぐに身を乗り出してきた。


「ある。だってね、あなた最近、緊張すると呼吸が浅い。踊りは呼吸よ。訓練よ」


訓練。


リリーの言い方が妙にそれっぽくて、私は思わず笑ってしまう。彼女の明るさに、少しだけ心が軽くなる。


「……誰が相手をしてくれるの」


「もちろん侯爵様」


「待って」


私の心臓が一回跳ねた。紅茶の香りが一層濃く感じられる。


---



午後、広間に案内されると、侯爵様が先に待っていた。


窓から差し込む光が床に模様を描き、広間は静かな緊張感に包まれている。リリーは私の背中を押すように、そっと肩を叩いた。


「リリアさんから聞きました。特訓だそうですね」


侯爵様の声は穏やかで、でもどこか楽しそう。


「無理にとは言ってません。……言ってない、よね?」


私がリリーを見ると、彼女は澄ました顔で頷いた。唇の端が少しだけ上がっている。


「言ってない。お願いしただけ」


それは無理と同義だ。私は心の中で苦笑する。


侯爵様は小さく笑って、手袋を外した。


「では、基本の歩幅から。手を」


差し出された手を取る。指先が触れた瞬間、体温が跳ね上がった。手のひらがじんわりと熱くなる。


「力を抜いて。私に合わせてください」


頷いたのに、足はぎこちない。心臓の鼓動が早くなる。


「すみません……」


「謝らない。転びそうなら支えます」


その言葉の通り、私の腰に軽く手が添えられる。背筋が震えた。リリーが端で見守っているのが心強い。


---


音楽が流れ、私たちはゆっくり歩き出す。


一歩、二歩。

侯爵様の手が私の背中をそっと支え、指先のぬくもりが伝わってくる。

私は自分の足元ばかり見てしまい、すぐに侯爵様の靴にぶつかりそうになった。


「上を見て」


「……はい」


視線を上げた瞬間、侯爵様の顔が近すぎて、息が止まった。淡い光の中で、瞳がまっすぐ私を捉えている。

その瞳の奥に、私だけを見ている確かな熱がある。


「……緊張していますね」


「だって、近いです」


言ってから、何を言ってるんだ私は、と自分に突っ込む。顔が熱くなり、耳まで赤くなっていく。


侯爵様が少しだけ目を細めた。


「では、もっと近くに」


「え?」


腰を引き寄せられた。ほんの少し。たったそれだけで、心臓が爆発しそうになる。体温が一気に上がり、鼓動が耳の奥まで響く。


私の耳まで熱くなるのがわかる。呼吸が浅くなり、胸がドキドキと高鳴る。


「呼吸を。大丈夫、私が支えます」


侯爵様の声は優しく、でもどこか強くて、私の不安を包み込んでくれる。


支えます。


その言葉が、踊りの意味以上に胸に刺さった。私は彼の腕の中で、守られている安心感と、ときめきの狭間で揺れる。

目を閉じて深呼吸すると、彼の香りがふわりと漂い、心が落ち着く。

踊りのリズムに合わせて、二人の距離がさらに縮まる。


何度か繰り返すうちに、足が少しだけ音楽に乗る。


「上達しました」


「本当ですか」


「ええ。君は吸収が早い」


その褒め方が、研究所での「君は素晴らしい」と同じ温度で、私は目の奥が熱くなった。


リリアが端で満足そうに頷いている。


「ほらね。いいでしょ」


私は返事の代わりに、握られている手をそっと握り返した。


侯爵様の指が、驚いたように一瞬だけ強く絡む。



練習のあと、三人で温かいお茶を飲んだ。


テーブルには焼き菓子と果物、湯気の立つカップが並ぶ。リリーがにやにやして聞く。


「どう?」


「……疲れた」


「顔は幸せそう」


私は言い返せない。侯爵様もカップの縁の向こうで、少しだけ笑っていた。


リリーは満足そうに頷き、侯爵様は静かに紅茶を口に運ぶ。


「上達が早いですね」と侯爵様が言うと、リリーが「先生が良いから」と冗談めかして返す。


三人で他愛ない話をしながら、心が穏やかになっていく。舞踏会の話や、子供の頃の失敗談、未来の夢。


リリーが「今度は海に行きたい」と言えば、私は「山もいいな」と返し、侯爵様は「どちらも素敵ですね」と微笑む。



安心と、ときめきと、怖さが混ざる。

でも、こうして笑える時間があるなら、私はまだ進める。


---


夜、部屋に戻ると、今日の出来事が胸の中で静かに反芻される。


舞踏会の練習、侯爵様の手のぬくもり、リリーの応援。すべてが私の背中を押してくれる。


窓の外には星空が広がり、私はそっと深呼吸する。


「まだ時期ではない」――侯爵様が言いかけて飲み込んだ言葉。その表情の苦しさに、私は待つことを決めた。


でも、今日の一歩が、きっと未来につながる。


私は枕元のペンダントを握りしめ、明日への希望と少しの不安を抱えながら、目を閉じる。


「私は、変わりたい。もっと強く、もっと優しく」


そう願いながら、眠りにつく。

**次回予告**

侯爵様が何か言いかけて、言葉を飲み込む。「まだ時期ではない」――その表情の苦しさに、私は待つことを決める。夜、星空の下で並ぶ二人の距離が、少しだけ切ない。


第25話「告白の予感と躊躇」をお楽しみに!

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