第23話: リリアとの語らい
夜更け。屋敷の廊下は静かで、灯りだけが淡く続いている。
私はそっと客間の扉を叩いた。
「リリア、起きてる?」
「起きてる。入って」
返事が、いつもの調子で軽い。胸の奥の緊張が、少しほどけた。
◇
リリアの部屋には湯気の立つカップが二つあった。誰かに頼んだのか、勝手に持ち込んだのか――たぶん後者。
「ほら。眠れない顔してると思って」
「……ばれてる?」
「ばれてる。あなた、分かりやすすぎ」
私はカップを受け取り、温かさで指先を溶かした。
「今日、侯爵様が……ペンダントを見て、動揺したの」
「うんうん」
「ルシア様が作った魔法具で……私を守ってたって」
言葉にすると、怖さが戻る。母とルシア様の繋がり。知らない過去。
リリアは真面目な顔で頷き、次に、意地悪な笑みを浮かべた。
「で? 侯爵様は?」
「……そこに戻るの?」
「戻る。だって一番大事」
私は頬が熱くなるのを止められなかった。
「この前……装置が暴走したとき、侯爵様が私を庇ってくれて。……そのあと、手を繋いで」
「はいはい、急接近」
「ちがう、からかわないで……」
「からかってない。羨ましいだけ」
リリアは身を乗り出して、囁く。
「ねえ、気づいてる? 侯爵様の目、あなただけを見てるわ」
「……そんなわけ」
「ある。断言する。だって、私、女の勘だけは外さない」
私は顔が熱くて、カップの縁に額を当てた。
「でも……ルシア様がいる」
「過去の人でしょ」
「でも、侯爵様の表情、苦しそうで……」
言いながら、胸が締め付けられる。あの肖像画を見つめる目。抱きしめる腕の強さ。優しさの裏にある痛み。
リリアは少しだけ声を落とした。
「あなたは、どうしたいの」
「……支えたい。隣にいたい。呪いも、屋敷の謎も、一緒に解きたい」
言った瞬間、リリアが私の手を握った。
「それが答え。あなたはちゃんと、未来を見てる」
温度が移る。安心が、胸の内側に広がる。
「怖いときは、私に言いなさい。手紙でもいい。……泣きたくなったら、泣いていい」
私は喉が詰まって、頷くしかできなかった。
◇
カップが空になっても、私たちは小声で笑っていた。
「ねえ、エリアナ」
「なに?」
「次に侯爵様に会ったら、笑って。ちゃんと」
「……できるかな」
「できる。だってあなた、好きなんだもん」
そう言われて、私はやっと、胸の痛みの中にある甘さを認められた。
**次回予告**
リリアの提案で舞踏会に備えた特訓を始めることに。相手は――侯爵様。手を取られ、至近距離で踊るうちに、「もっと近くに」と引き寄せられて……心臓がもたない。
第24話「舞踏会の練習」をお楽しみに!




