第20話: 修復作業と嫉妬、最適化の実践
地下研究所の朝は、地上よりずっと静かだった。魔法灯の光が淡く揺れ、装置の低い唸りだけが続く。
昨夜のことを思い出すたび、胸の奥が熱くなる。侯爵様の腕の重み。心臓の音。手を繋いだ温度。
けれど、温かいだけでは終われない。
私は資料の束を抱え、魔法陣の前に立った。
◇
「修復の手順は、原因の特定からです」
フィリップが端的に言う。侯爵様は頷き、私へ視線を向けた。
私は前世の記憶を、机の上に並べるみたいに思い出していた。
原因特定。影響範囲。修正。テスト。
「……ネットワークの障害対応に似てます」
言いながら、自分でも少し驚く。魔法回路の配置が、システム図のように見える。魔力フローはデータフローだ。
「まず、滞っている箇所――ボトルネックを見つけましょう」
フィリップが目を丸くした。
「素晴らしい洞察力ですね! その視点は新しい」
その瞬間、隣の侯爵様の気配が、ほんの少しだけ固くなった気がした。
◇
作業に入る。
私は床の線を追い、指先で微かな熱を感じ取った。魔力が“回り続ける”場所。前世なら無限ループ、そして過負荷。
「ここ、戻り道が閉じてない。……エラーハンドリングが足りない」
口にした言葉は、魔法使いの世界では変かもしれない。でも、私には確かにそう見える。
フィリップが身を乗り出した。
「戻り道……なるほど。確かにここで渦が生まれている」
「この経路も冗長です」
私は線の束を指し示す。
「ショートカットできます。計算量を減らす……じゃなくて、魔力消費を減らす考え方」
言い直すと、侯爵様が口元を和らげた。
「君の言葉は、いつも正確に“本質”を突きます」
その一言で背筋が伸びる。
私は集中し、魔法陣の一部を書き換える。呼吸と、意志と、構造。
光が走った。
次の瞬間、体の中を温かい波が通り抜ける。
――何かが、繋がった。
机の上の水晶箱が淡く光り、文字が浮かび上がる。
【ことり】
*************
確率: 76%
スキル獲得:魔法陣解析Lv.1
解析精度が向上しました。
*************
[魔力: 10/50] (-10)
「……スキル?」
フィリップが目を輝かせる。
「やりましたね! エリアナさん、天才です。まるで設計者みたいだ」
興奮した勢いで、フィリップの手が私の肩に触れた。
その瞬間、侯爵様の表情が一瞬で凍る。
「フィリップ。この部分は私が担当します」
声に棘があった。
フィリップは気づかず、首を傾げる。
「え? はい、もちろん……」
私は侯爵様の視線を感じ、頬が少し熱くなった。
◇
休憩時間。
フィリップが片付けながら言った。
「エリアナさん、一緒にお茶でも。頭を使いましたし」
「ありがとうございます。少しだけ――」
言い終わる前に、侯爵様が一歩前に出た。
「エリアナさんは、私と約束があります」
「え?」
初耳だった。
侯爵様が私の手を取る。強い。逃がさない強さ。
「少しお話ししたいことが」
有無を言わさず、私は連れ出された。背後でフィリップが困惑した声を上げた気がするけど、振り返れなかった。
◇
研究所の奥の小部屋。魔法灯が一つだけ灯り、外の作業音が遠い。
侯爵様が手を離し、少し気まずそうに目を逸らした。
「……すみません。少し、一人占めしたくなりました」
子どもみたいに拗ねた声。そんな声を出す人だなんて。
私は思わず笑ってしまった。
「嫉妬、ですか?」
侯爵様の頬が赤くなる。
「……そうかもしれません」
正直に認めるのが、ずるい。胸がきゅっと鳴ってしまう。
「私は、侯爵様とご一緒したいです」
そう言うと、侯爵様の肩から力が抜けた。
「本当ですか」
「当然です」
お茶の香りが、小さな部屋に満ちる。温かい湯気。静かな時間。
侯爵様はカップを手にしたまま、低く言った。
「あなたは本当に素晴らしい。……でも、それを他の人に取られるのは、嫌なのです」
その独占欲が、怖いどころか、愛おしい。
私はカップを置き、そっと侯爵様の指に触れた。
「取られません。私はここにいます」
侯爵様が、やっと笑った。
◇
作業に戻ると、魔法陣の光は安定し始めていた。
フィリップが確認し、侯爵様が最後の調整を行う。私も線を追い、変化を目で、肌で確かめる。
やがて、水晶箱が静かに輝いた。
【ことり】
*************
確率: 82%
接続が安定しました。
ありがとうございます。
*************
[魔力: 0/50] (-10)
私は笑ってしまう。魔力は空っぽでも、胸は満たされている。
◇
夜、部屋に戻り、机の上にことりを置いた。
「……前世の経験が、この世界でも意味を持つんだね」
そして、昼の侯爵様の拗ねた顔を思い出す。
頬が緩む。
「可愛かったな……」
ベッドに横になり、目を閉じた。明日もまた、学んで、進む。
**次回予告**
図書室で古い魔法理論書を見つけ、魔法の基本原理を学び始める。「意志×魔力×構造」――それは前世の“設計”にも似ていて。庭園の古木の下、侯爵様と静かな時間を過ごす。
第21話「図書室での魔法理論学習」をお楽しみに!




