第2話: 屋敷の探索
朝の光が窓から差し込み、私は目を覚ました。
時計を見ると、七時を少し過ぎたところ。慣れないベッドだったはずなのに、不思議とよく眠れた。窓の外では、庭園の木々が朝日を浴びて輝いている。
昨夜、ことりを使ってみて気づいたことがある。質問の仕方を変えると、応答が変わる。前世でAIと向き合っていた時のコツが、もしかしたらここでも使えるのかもしれない。
胸の奥に、小さな期待が灯る。
「さあ、今日から本格的に、屋敷の謎を探っていこう」
軽く背伸びをして、身支度を整える。鏡に映る自分の顔は、少しだけワクワクしている。
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ダイニングルームに向かうと、すでにメイド長が立っていた。
「おはようございます、エリアナ様。お席はこちらです」
案内されたのは、長いテーブルの端の席。部屋には他にも数人の使用人がいて、皆忙しそうに動いている。
「朝食をお持ちします。少々お待ちください」
若いメイドが焼きたてのパンと、香ばしいスープを運んできた。湯気が立ち上り、バターの香りが鼻をくすぐる。シンプルだけれど、丁寧に作られた食事だ。
「ありがとうございます」
パンを一口食べると、外はカリッと、中はふんわりとしている。スープは野菜の甘みが効いていて、体が温まる。
食事を始めると、メイド長が向かいの席に座った。
「エリアナ様。今日は屋敷の使い方について、いくつかご説明させていただきます」
「はい、お願いします」
メイド長は手元のメモを見ながら話し始めた。
「まず、食事の時間は朝七時、昼十二時、夕方六時です。図書室、庭園、東棟の客室は自由にお使いいただけます」
私は頷きながら聞く。
「ただし...」
メイド長の声がわずかに厳しくなる。
「西棟は現在修復中のため、立ち入り禁止です。危険ですので、決して近づかないようお願いします」
西棟、修復中?
昨日見た時、そんなに傷んでいるようには見えなかったけれど。胸の奥に、小さな疑問が引っかかる。
でも、今は素直に従っておこう。
「わかりました。気をつけます」
答えると、メイド長の表情が少し柔らかくなった。
「何かご不明な点があれば、遠慮なくお申し付けください」
そう言って、メイド長は立ち上がる。
その腰に、古びた銀色の鍵が揺れているのが目に入った。装飾的な模様が彫られている。あれは何の鍵だろう。
視線に気づかれないよう、慌ててスープに目を落とす。温かな液体が喉を通り、心が落ち着く。
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朝食後、メイド長に屋敷を案内してもらうことになった。
「まず東棟からご覧いただきます。こちらは主に客室と娯楽のための部屋です」
音楽室や応接室を見せてもらう。どれも立派で、手入れが行き届いている。
次に庭園へ。扉を開けた瞬間、花の香りが鼻に届く。
庭園は想像以上に美しかった。手入れの行き届いた花壇、小道、中央の大きな木。朝露が葉に光り、きらきらと輝いている。
ここなら、少しずつ馴染めるかもしれない。
初めて、居場所ができるかもしれない。そんな希望を感じた。
でも、本当にそうなのだろうか。侯爵様は何を隠しているのだろう。
部屋に戻り、窓辺で深呼吸する。夕暮れの光が優しく部屋を包み、少しだけ心が落ち着く。
けれど、胸のざわめきは消えない。西棟の謎、日記の断片、そして私自身の不安。
もう一度、ことりに相談してみよう。
語り箱に手を添えると、淡い光が静かに広がる。
【ことり】
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こんばんは、エリアナ様。ご相談内容をどうぞ。
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[魔力: 46/50]
> 西棟について、何か知っていることは? あの場所に人影を見た気がする。
少し長めに待つ。ことりの光が揺れる。
【ことり】
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確率: 41%
西棟は過去に禁断の研究が行われていた記録があります。現在は立ち入りが制限されていますが、内部に特殊な魔力障壁が存在する可能性があります。
人影については情報が不足しています。安全のため、近づかないことを推奨します。
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[魔力: 36/50] (-10)
ことりの返答は曖昧だけれど、確かに何かが隠されている。魔力残量も、じわじわと減っていく。
それでも、こうして相談できることが心の支えになる。
窓の外を眺めながら、私は静かに決意を固めた。
「大丈夫。少しずつ、真実に近づいていこう」
魔力[40/50]。まだ余裕はある。焦らず、慎重に。
ベッドに腰掛け、柔らかなシーツの感触に安心する。ここが、私の新しい居場所になるかもしれない。
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そして、西棟の方を指差す。
「あちらは立ち入り禁止です。繰り返しになりますが、決して近づかないでください」
西棟を見ると、確かに少し古びた印象はある。でも、危険なほど傷んでいるようには見えない。
その時、胸の奥がざわりとした。
何か...妙な感覚。魔法使いとしての直感が、何かを感じ取っている。西棟の方向から、強い魔力の気配。肌がぴりぴりとする。
「エリアナ様?」
メイド長の声で我に返る。
「あ、すみません。何でもありません」
「お疲れですか?無理はなさらないでください」
メイド長の表情が、一瞬だけ曇った気がした。何か言いたげな、でも言えないような...。でもすぐに、いつもの厳格な顔に戻る。
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午後、私は図書室を訪れた。
重い扉を押し開けると、古い紙とインクの香りが鼻をつく。
天井まで届く本棚が、部屋全体を覆っている。数千冊、いや、もしかしたら数万冊の本。
魔法理論書、歴史書、古代語の辞典、薬草学の本...様々な分野の本が丁寧に整理されている。
奥の読書用テーブルに座り、深呼吸をする。窓からの光が心地よい。
ことりを取り出す。昨夜の気づきを試してみたい。
語り箱に触れると、淡い光が浮かび上がる。温かい。
【ことり】
*************
こんにちは、エリアナ様。今日はどのようなご相談でしょうか?
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[魔力: 36/50]
> この屋敷について、歴史や過去の研究について教えてください。
質問を具体的に。前世でAIと向き合っていた時のコツを思い出す。
少し待つと、返答が表示される。
【ことり】
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確率: 82%
ヴァンヘルシング家は約300年の歴史を持ち、代々魔法研究を行ってきました。特に15年前までは、魔法とテクノロジーの融合研究が盛んに行われていました。
屋敷の地下には古い記録が保管されています。図書室の奥の棚を探してみることをお勧めします。
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[魔力: 26/50] (-10)
地下?古い記録?
ことりのアドバイスは的確だ。やはり、質問の仕方次第で精度が変わる。
この感覚、前世でAIと向き合っていた時と似ている。もしかして、ことりも...?
私は立ち上がり、図書室の奥へと向かった。
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奥の棚は埃をかぶっていた。空気もひんやりとしている。
脚立を使って古い革装丁の本を取り出す。埃が舞う。
その中に、日記のような本を見つけた。
表紙には「研究日誌」と刻まれている。
最初のページ。15年前の日付。ちょうど、ことりが言っていた時期だ。
次のページをめくると、几帳面な文字で記録が綴られている。
「禁断の研究...」
「地下の秘密...」
「意識の転移...」
断片的な単語が目に飛び込んでくる。
心臓が高鳴る。これは、侯爵様の秘密に関係している。私を招いた理由に。
きっと、そうだ。
これは一体...
「エリアナ様」
突然の声に、心臓が跳ねる。
振り向くと、メイド長が立っていた。
「何を読んでいらっしゃるのですか?」
メイド長の目が私の手元の本に注がれる。その表情が強張った。
「古い魔法の本を探していて」
私は慌てて本を棚に戻す。
「夕食の時間が近づいています。そろそろお部屋にお戻りになったらいかがですか」
「はい、わかりました」
私は足早に図書室を後にした。
でも、日記の場所は覚えた。後で読もう。
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部屋に戻る途中、廊下の窓から西棟を見た。
夕日を浴びた建物。その窓の一つに、人影が見えた気がした。
目を凝らすけれど、もう何も見えない。
気のせいだろうか。
いや、確かに見えた。誰かが、あそこにいる。
「禁断の研究」「地下の秘密」「意識の転移」...
日記に書かれていた言葉が、頭の中でぐるぐると回る。
メイド長の強張った顔。侯爵様の「唯一無二の適性」という言葉。西棟の人影。
すべてが、何かに繋がっている気がする。
今夜、あの日記を読まなくては。
答えは、きっとあそこにある。
**次回予告**
日記の暗号を解読しようと試みるエリアナ。ことりの助言と前世の知識を組み合わせて、少しずつ真実に近づいていく。そして、友人からの手紙が届き...夜、不思議な音が聞こえる。
第3話「最初の謎」は本日21時公開予定です。
ブックマーク、評価など頂けるととっても嬉しいです。




