表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第III部更新中】異世界の侯爵家に招かれた元SEの私、手のひらサイズの語り箱と秘密だらけの屋敷で溺愛されています  作者: プロンプト時雨
第I部: 到着と発見

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/92

第18話: 友人の訪問とルシアの肖像

玄関ホールに、馬車の止まる音が響いた。


私は階段を駆け下りる途中で、スカートの裾を踏みそうになって慌てて手で押さえる。――笑われてもいい。今だけは、礼儀より先に会いたかった。


扉が開き、まだ冷気の残る朝の空気と一緒に、見慣れた顔が飛び込んでくる。


「エリー!」


「リリー!」


互いの名前を呼んだ瞬間、足が勝手に前へ出た。抱き合うと、香水の匂いと体温が胸に沁みて、言葉より先に喉が熱くなる。


「会いたかったわ。手紙だけじゃ足りない」


「私も……本当に、来てくれてありがとう」



部屋に案内すると、リリーは窓辺の椅子に腰を下ろし、用意されたお茶と焼き菓子を嬉しそうに見た。


「屋敷、立派ね。……でも、あなたの顔が一番変わった」


「え?」


「目がね、前よりちゃんと前を見てる。ここで……何かあったのね」


胸の奥が少しだけ痛い。西棟の秘密、地下研究所、ルシアの名。全部を話せるわけじゃない。でも、親友の前だと嘘が薄っぺらくなる。


「いろいろ……あったよ」


リリーは意味深に笑って、ティーカップを持ち上げた。


「それで? 侯爵様とは?」


「……な、何のこと?」


「とぼけないで。あなたの手紙、行間が甘いの。ほら、頬が赤い」


指で軽く頬をつつかれて、私は観念して息を吐いた。


「……好き、なの。侯爵様のこと」


言った瞬間、胸が跳ねて、怖さと同じくらい、ほっとした。


リリーは両手を握りしめて、子どもみたいに目を輝かせる。


「やっぱり! 応援するわ。あなたが恋する顔、かわいいもの」


「かわいくない……」


「かわいい。で、侯爵様は?」


「わからない。優しいけど、壁がある。……それに、過去に大切な人がいたみたいで」


「それでも、あなたのこと特別に見てるわよ」


「本当に?」


「絶対。女の勘」


その言い切りに、胸がじんわり温かくなった。安心、という言葉がぴったりの温度。



昼食の時間になり、ダイニングへ行くと、侯爵様が先に待っていた。黒い手袋を外す仕草が静かで、リリーが一瞬見惚れたのがわかった。


「リリアさんとは、手紙でお名前を存じ上げています」


「お会いできて光栄です、侯爵様」


丁寧な挨拶のあと、食卓は穏やかな会話で満たされた。領地の話、リリーの家の近況、最近の流行――。


私はその合間に、侯爵様の視線が私へ戻ってくる回数を数えそうになって、慌ててやめた。


でも、リリーは気づいたらしい。フォークを置く瞬間、私にだけわかる角度で小さく頷いてみせた。





午後、屋敷を案内していると、書斎の前で侯爵様と鉢合わせた。


「少しお話ししても?」


そう言われ、三人で書斎に入る。


壁に掛けられた肖像画が、真っ先に目に入った。柔らかく微笑む、美しい女性。光を含んだ髪。何より、目が――どこか、ことりの文字の温度に似ている気がした。


「……ルシア様?」


侯爵様は肯定も否定もせず、ただ肖像画を見つめていた。


悲しみと後悔と、消えない愛情が混ざったような表情。私は胸が締め付けられ、息を吸うのが遅れた。


「侯爵様にとって、ルシア様は……」


言いかけて、飲み込む。知りたいのに、踏み込んだら戻れない気がした。


リリーが静かに視線を落とし、空気の硬さをやわらげるように言った。


「素敵な方ですね。……大切な人だったんでしょう」


侯爵様はほんの少しだけ目を伏せた。


「ええ」


短い一言が、重い。


私はその重さごと受け止めたいと思った。過去を奪うんじゃなく、今の侯爵様の隣に立ちたい。



夕方前、庭園をリリーと歩いた。初春の光は淡いのに、植え込みの緑だけがやけに濃い。


「ルシア様のこと、気になる?」


「少し……でも、それは過去のこと」


言葉にすると、自分の心が少しだけ整う。


「私は、今の侯爵様を支えたい。……呪いも、屋敷の謎も、全部」


リリーは私の手を握り、温度を分けてくれた。


「その気持ち、大切にして。過去は変えられないけど、未来は作れるわ」


胸の奥に灯りがともる。怖さは消えない。けれど、怖さの横に、支えが増える。



リリーは出発の支度をしていたのに、私の顔を見て首を振った。


「今日は泊まるわ。あなた、無理して笑ってる」


返す言葉を探す前に、リリーは荷物を引っ込めてしまう。玄関に張っていた空気が、少しだけほどけた。


「良い友人ですね」


「はい。大切な人です」


言った瞬間、沈黙が落ちた。胸の中で言葉が渋滞している。


侯爵様の横顔を盗み見た、そのとき。


部屋の奥から、淡い青い光が瞬いた。


私は反射的に自室へ戻り、机の引き出しから小さな水晶箱を取り出す。


【ことり】

*************

………………

確率: 31%


申し……訳……あり……ませ……ん

*************

[魔力: 65/75] (-10)


文字が途切れ、確率の数字だけが不自然に揺れた。


「ことり?」


返事はない。背中が冷えた。


その夜は、眠れなかった。

**次回予告**

ことりの応答が不安定になり、地下研究所の魔法陣にも異常が発生する。調査に踏み込んだ瞬間、装置は暴走し——侯爵様が、私を庇ってくれた。


第19話「ことりの異変と救出」へ続く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ