第16話: 叱責と守られる安心
朝の光がカーテンの縁を白く染めていた。
昨夜の西棟――危険だと止められたのに、私は勝手に踏み込んでしまった。眠れないまま迎えた朝、扉が控えめに叩かれる。
「エリアナ様。侯爵様がお呼びです。書斎にお越しください」
喉が乾いた。鏡の中の目は赤い。深呼吸をひとつして廊下に出る。足が重いのに、心臓だけが急いだ。
◇
書斎に入ると、侯爵様は窓辺に立っていた。私の気配に気づき、ゆっくり振り向く。表情は厳しい。
「昨夜のことについて話しましょう」
「申し訳ございませんでした」
頭を下げると、静かな声が落ちた。
「なぜ、あの場所に行ったのですか? あれほど危険だと言ったはずです」
「……侯爵様のことを、もっと理解したくて……でも、言い訳になりません」
涙がこぼれる。
「約束を破りました。信頼を裏切りました」
沈黙が伸びる。侯爵様の視線が痛い。
「あなたが危険な目に遭うことは、私にとって……」
言葉が途切れた。次の瞬間――
◇
侯爵様が私を抱きしめた。強く、温かい腕。
「君を失いたくない」
耳元の声が震えている。
「君は私にとって……かけがえのない存在なのです」
胸元に押し当てられた頬のすぐ上で、鼓動が速く鳴っていた。私のせいで、この人の心まで乱してしまった。
「もう二度と、危険なことはしないと約束してください」
「はい……約束します」
涙は止まらない。でも、今は安堵の涙も混じっていた。
◇
抱擁がほどけた瞬間、視界が揺れた。
「あ……」
膝が折れそうになるのを、侯爵様が支える。
「熱があります。昨夜の魔法障壁の影響と、睡眠不足でしょう」
私は謝りかけたが、言葉は続かなかった。侯爵様は迷いなく私を抱きかかえ、部屋へ運ぶ。腕の中は、怖いほど安心できた。
◇
自室のベッドに寝かされると、メイド長マーガレットが呼ばれた。
「魔力の消耗と疲労ですね。しっかり休めば回復します」
「何か食べられるものを」
侯爵様が言うと、彼女は頷いた。
「温かいスープをお持ちします」
二人きりになり、私が「お仕事が……」と呟くと、侯爵様は即答した。
「今日は全て中止にしました。あなたの傍にいたいのです」
胸の奥が熱くなる。守られているだけじゃない。大切にされている。
運ばれてきた鶏と野菜のスープは、湯気と一緒に優しい香りを運んだ。侯爵様がスプーンで口元へ寄せる。
「少しずつで構いません」
温かさが喉を通り、体の芯がほどける。
「美味しい……」
「良かった」
食べ終えると、侯爵様の手が額に触れた。
「よく眠ってください。私はここにいます」
その言葉に、私は安心して目を閉じた。
◇
夕方、橙の光の中で目を覚ますと、侯爵様はまだ椅子に座り本を読んでいた。私の気配に気づき、本を置く。
「気分はいかがですか?」
「もう大丈夫です。ありがとうございます」
「本当に良かった」
私は恐る恐る尋ねた。
「ずっと、そばにいてくださったんですか?」
「ええ。当然です。……あなたは私にとって、大切な人ですから」
胸が痛いほどに温かい。
侯爵様は一度息を整え、真剣な眼差しで言った。
「エリアナさん。これから西棟のことをお話しします。あなたには知る権利があります。そして……あなたに協力してほしいのです」
「私に……ですか?」
「ええ。あなたの力が必要です。明日、正式に地下研究所をご案内します」
怖い。けれど――私は頷いた。
「はい。喜んで」
そっと差し出した手を、侯爵様が握り返す。夕日の温度が二人の指の間に落ち、私は明日へ向けて息を整えた。
**次回予告**
体調が回復したエリアナは、侯爵から地下研究所への正式な案内を受ける。前世のコンピュータ室に似た配置に驚愕。そして研究者フィリップも加わり、本格的な調査が始まる!
第17話「地下研究所」をお楽しみに!




