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異世界の侯爵家に招かれた元SEの私、手のひらサイズの語り箱と秘密だらけの屋敷で溺愛されています  作者: プロンプト時雨
第V部: 決戦と新たな始まり

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159/160

第159話: 新婚生活

新婚最初の朝、朝食室には焼きたてのパンの香りが満ちていた。銀の食器が小さく触れ合う音、窓から差す光、まだ少し眠そうなアレクサンダー様の横顔。私は思わず笑ってしまう。

昨日の祝鐘と拍手の余韻が、まだ胸のどこかでやわらかく鳴っていた。


---


「そんなに見られると落ち着かない」


「だって、侯爵様が寝癖を気にしてるなんて新鮮で」


「私的な場ではアレクサンダーだろう?」


「はい、アレクサンダー様」


朝の掛け合いは他愛ないのに、胸の奥が温かい。執事が予定表を置き、ことりが短いリマインドを出した。


> 今日の予定を簡潔にお願い。


【ことり】

*************

確率: 95%


本日の予定:

午前 市街視察

午後 休養

夜 記録整理

*************

[魔力: 140/150] (-10)


私はパンに蜂蜜を塗り、今日が平和な一日でありますようにと小さく祈った。


---


昼、市街の市場を二人で歩く。果物の山、呼び込みの声、子どもの笑い。戦後の復興はまだ途中だけれど、町の表情は確実に明るい。


小さな事件は、屋台の売上帳が風で飛んだことだった。店主が青ざめ、周囲が慌てる。


> 風向きを見て、書類回収の最短ルートを。


【ことり】

*************

確率: 92%


回収支援:

北西へ13枚、南側路地へ4枚。

優先順を表示しました。

*************

[魔力: 130/150] (-10)


私たちは通行人と協力して書類を拾い、十数分で全部揃えた。店主は何度も頭を下げ、リリーに教わった通りの飴をお礼に渡してくれる。


「大げさですよ」


そう言いながら、私は受け取ってしまった。甘い匂いが、やけに嬉しい。


---


夜、宮殿の窓辺で二人きりになる。遠くの灯りが水面に揺れ、虫の声が静かに続く。私は今日の出来事を話し、アレクサンダー様は時々短く相槌を打つ。


「戦いのあとに、こういう一日があるなんて」


「君が望んだから、ここまで来られた」


ことりは省電力ログだけを残し、邪魔をしない。


> 夜間の安全確認をお願いします。


【ことり】

*************

確率: 98%


夜間安全確認: 異常なし。

良い休息を推奨します。

*************

[魔力: 120/150] (-10)


私は肩を寄せ、しばらく黙って夜景を見た。言葉よりも、隣にいること自体が安心になる。


寝室へ戻る前、私は小さな保温灯の魔術式を指先でなぞる。冬に備えた儀礼的な調整で、魔力の芯がわずかに軽くなる。戦いのためではなく、暮らしを温めるための魔法だ。


---


就寝前、ベッドサイドの灯りを落とす。


「明日も、こんなふうに暮らせますように」


私が言うと、アレクサンダー様は穏やかに頷いた。


「そのために、毎日を選び続けよう」


私は笑って手を重ねる。小さな誓いは、戦場の誓いより静かで、同じくらい強かった。

祭壇で交わした誓いが、今日の食卓と同じ高さまで降りてきたようで、胸の奥が温かくなる。


---


翌朝に備えて、私は書斎の予定帳を開いた。公務の欄と私用の欄が並び、どちらにも小さな予定が詰まっている。以前なら公務だけで精一杯だったのに、いまは暮らしの予定も同じ重さで書き込めることが嬉しい。


「明日の朝食、何がいいですか」


私が訊くと、アレクサンダー様は少し考えてから答えた。


「君が選ぶものなら何でも」


「それ、いちばん困る答えです」


二人で笑い合う。こんな些細な会話が、胸を温かくする。


夜更けにことりが省電力で一度だけ点灯した。

明朝の冷え込みを示す青い印だけを残して、すぐに光は落ちる。


私は表示を閉じ、窓の鍵を確かめた。脅威監視のためではなく、快適に眠るための確認。平和とは、こういう行為の積み重ねなのだと思う。


寝室へ戻ると、アレクサンダー様が本を伏せて私を見る。


「どうした」


「いま、幸せだなって確認してました」


彼は柔らかく笑い、私の額へ軽く触れた。


「私もだ」


灯りを落とすと、部屋には静かな暗さが満ちる。外の風音も穏やかで、夜は何も奪わない。私は目を閉じ、明日の朝食のことを考えながら眠りへ落ちていった。


---


眠る前、私は寝台脇の小さな手帳へ今日の幸福を三つ書いた。朝食の笑い声、市場での助け合い、夜に交わした短い約束。どれも大きな事件ではない。だからこそ守りたい。私はページを閉じ、明日も同じように小さな幸せを見つけようと決める。戦いのない日々は退屈ではなく、丁寧に選び続ける勇気そのものだ。

昨日の誓いは祭壇だけの言葉ではなく、こういう一日の中で育っていくのだと、私はようやく理解した。


手帳を枕元へ置き、私は最後に窓の鍵を確かめた。夜は静かで、何も奪わない。その当たり前が、いまの私には何よりも尊い。


私は微笑んで毛布を引き寄せ、明日の朝を楽しみに眠りについた。

小さな約束を積み重ねた先で、季節はひとつ巡る。

最終話、第160話「一年後」。


本日最終160話まで一気に4話公開します。

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