第157話: 結婚式の準備
朝の衣装室は、布の擦れる音と笑い声で満ちていた。仕立て係が裾を整え、私は鏡の前で息を整える。戦場で鎧を締めていた手が、今日はレースの感触を確かめている。その違いがくすぐったくて、少しだけ照れた。
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招待客の最終確認は書斎で行った。名簿の端へ小さな印をつけながら、私は欠けがないかを一つずつ確認する。
「この方は前列、こちらは家族席」
執事の説明に頷き、アレクサンダー様と目を合わせる。忙しいのに、不思議と焦りは薄い。ここまで来た道を思えば、準備の慌ただしささえ愛おしい。
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昼、指揮室でことりを起動する。
> 席次と動線を最適化して。混雑を減らしたい。
【ことり】
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最適化完了。
高齢来賓を中央列へ再配置。
退出導線を二系統化しました。
[魔力: 130/150 (-10)]
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> 式次第の時間誤差も見て。
【ことり】
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式次第の誤差予測は±4分。
祝辞順を一部調整すると安定します。
[魔力: 120/150 (-10)]
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> 警備計画の抜けは?
【ことり】
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北回廊の見張りを一名追加推奨。
全体の安全評価は良好です。
[魔力: 110/150 (-10)]
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運営スタッフが画面を見て一斉に動く。数字が整うと、人の表情も整う。私は資料を閉じ、深く息を吐いた。
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夕方の小宴は、前夜祭というより家族の食卓に近かった。リリーが菓子皿を抱えて席を回り、フィリップさんは珍しく冗談を続け、セレスティアさんまで笑っている。
「明日、泣かないでくださいね」
私が言うと、リリーは即答した。
「それは無理!」
皆が笑う。緊張は消えないけれど、孤独はもうどこにもない。私は杯を持つ手に、確かな温もりを感じた。
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夜、式場控室で最終確認。壁時計の針だけが静かに進む。
「明日、怖くなったら」
私が言いかけると、アレクサンダー様が先に答えた。
「私を見ればいい。必ず見る」
その言葉は、決戦前夜と同じなのに、今夜はもっと柔らかかった。私は頷いて笑う。ことりの表示板が最後の確認を出す。
【ことり】
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最終チェック完了。
式典は予定どおり実施可能です。
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明日の朝は、戦いではなく祝福のために迎える。そう思うだけで、胸が温かく満たされた。
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控室を出ると、廊下の先で運営スタッフが最後の椅子配置を調整していた。私は袖をまくり、自然と手伝いに入る。豪奢な式でも、最後は人の手で整えるしかない。
「エリアナ様、こちらは私たちが」
若い執事に止められたけれど、私は笑って首を振る。
「明日の主役だからこそ、今日の裏方も知っておきたいの」
彼は少し驚き、それから嬉しそうに頷いた。
席札を並べながら、私は来賓一人ひとりの顔を思い浮かべる。戦時に助力してくれた人、誤解を解いてくれた人、遠方から祝福を送ってくれた人。明日の式は、二人のためだけではなく、ここまで繋いできた縁の確認でもある。
作業を終える頃、リリーが静かに寄ってきた。
「エリー、眠れそう?」
「たぶん半分くらい」
「私も」
二人で笑う。緊張は消えない。でも、隣に同じ顔をした仲間がいるだけでずいぶん楽になる。
夜更け、私は衣装箱の蓋を閉じ、明日の持ち物を最終確認した。手袋、髪飾り、誓約書の写し。どれも小さな品なのに、指で触れるたび心が整う。
窓の外では月が高く、王都の灯りが静かに揺れていた。私は胸元へ手を当て、ゆっくり呼吸する。明日は泣くかもしれない。笑いすぎるかもしれない。それでもいい。ここまで来た自分と仲間を、まっすぐ祝えばいい。
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控室へ戻った私は、明日の持ち物をもう一度並べ直した。手袋、誓約書、髪飾り、そして仲間から預かった小さなお守り。どれも派手ではないけれど、ここまで繋いだ時間が詰まっている。私は箱の蓋を閉じ、深呼吸した。緊張は消えない。けれど、その緊張ごと受け入れて式へ向かうのが、いまの私にできる誠実さだと思えた。
私は鏡へ向き直り、明日の自分へ小さく頷く。完璧でなくていい。嘘をつかず、隣に立つ人の手を離さないことだけ忘れなければ大丈夫だ。
そう信じられる夜を迎えられたことが、何より嬉しかった。
**次回予告**
支え合って準備を終えた二人に、ついに誓いの日が訪れる。第158話「結婚式」をお楽しみに!
本日最終160話まで一気に4話公開します。




