第153話: 正式な告白
朝の商店街は、戦後とは思えないほど賑やかだった。行き交う人の肩が触れ、果物の香りが風に乗る。私は配達袋を抱えた子どもをよけた瞬間、足元に落ちた厚紙へ気づいた。金の縁取りがある招待状。端にだけ、見覚えのある刻印が押されている。
「拾ってくださってありがとうございます、奥様」
慌てた商人へ招待状を返しながら、私は胸の奥で小さく息をついた。今日の発表は、もう王都中が知っている。午後、カフェと書斎を往復しながら段取りを詰める時間は、戦場とは違う緊張で指先が冷えた。
アレクサンダー様は公的文言の案を見せながら言う。
「形式は必要だ。だが、君への言葉は私のものにしたい」
私は笑って頷いた。
「私は、あなたの言葉で聞きたいです」
夕方、自室の書斎でことりを起動する。
> 告白文の最終チェック。表現と安全面を確認して。
【ことり】
*************
確認完了。
公的発表文: 問題なし。
私的文言: 簡潔化を推奨。
場内導線・警備配置は安全基準内です。
[魔力: 100/150 (-10)]
*************
> タイミングは?
【ことり】
*************
最適時刻: 20時14分。
祝辞前、静寂が生まれる瞬間を推奨。
[魔力: 90/150 (-10)]
*************
私は端末を閉じ、鏡の前で深呼吸した。戦うときの息とは違う。怖いのは失敗ではなく、幸せを受け取る覚悟の方だった。
夜、広間中央。来賓のざわめきが静まり、蝋燭の炎だけが揺れる。アレクサンダー様は壇上から降り、私の前で片膝をついた。
「エリアナ。侯爵としてではなく、アレクサンダーとして願う。私の伴侶になってほしい」
息を飲む音が広間を巡る。私は胸がいっぱいで、すぐには声が出なかった。
「……はい。喜んで」
言えた瞬間、拍手が波のように押し寄せる。リリーは泣きながら笑い、フィリップさんは眼鏡を拭い、セレスティアさんは腕を組んだまま小さく笑った。祝福の中に政治的な視線も混じるけれど、いまははっきり分かる。私はこの人と進む。
アレクサンダー様が立ち上がり、私の手を包んだ。その温度に触れた途端、長い戦いの終わりと新しい始まりが、同時に胸へ降りてきた。
祝辞の列が落ち着いたあと、私は控え室へ移って深呼吸した。豪奢な室内なのに、耳にはまださっきの拍手が残っている。手のひらには、彼に握られた温度がはっきり残っていた。
リリーが扉を閉めるなり抱きついてくる。
「おめでとう、エリー!」
「ありがとう。まだ少し夢みたい」
フィリップさんは咳払いしながら花束を差し出し、セレスティアさんは「泣き顔は見せないって決めてたのに」と目元を拭った。どの反応も、その人らしくて愛おしい。
私は窓辺へ寄り、夜の王都を見下ろす。灯りが無数に瞬いている。あの一つひとつに暮らしがあり、今日の言葉はそこへ波紋のように広がっていくのだろう。
「怖いですか」
背後からアレクサンダー様が問う。
「はい。でも、嬉しいです」
「同じだ」
彼は隣に立ち、私と同じ景色を見る。その横顔に、侯爵としての責任と、一人の人間としての不器用な優しさが重なって見えた。
「明日から、もっと忙しくなりますね」
「なら、今日のうちに笑っておこう」
私は頷き、少しだけ肩を預けた。未来は簡単ではない。それでも、この人となら選び続けられる。
夜更けに残務を終えたとき、私は自分の名で書かれた公式記録を見た。そこには硬い文体で婚約の準備開始が記されている。けれど私の心に残るのは、あの壇上で聞いた一言だけだった。
深夜、控え室に戻ってから私は今日の発言録を読み返した。公的な文章はどこまでも硬いのに、その行間へ確かに私の鼓動が残っている気がする。私は招待状を束ね直し、明日の導線メモへ小さく印を付けた。祝福の声に浮かれるだけでは足りない。だからこそ、足元の準備を丁寧に積む。そう決めると、胸のざわめきがすっと静まった。
机の隅に置いた花束へ視線を移し、私は小さく笑う。どれほど公的な場でも、最後に私を支えるのは人の温度だ。私は礼状を書くための紙を取り出し、最初の一行を丁寧に記した。
明日の私は、今日の勇気をそのまま抱えて人前に立つ。
その覚悟を、私はもう疑わない。
公の場で想いを受け取ったエリアナは、王都中が見守る中で自らの返答を示す。第154話「エリアナの返事」をお楽しみに!




