第151話: 結社の崩壊
朝の廃墟入口で、結社中枢崩壊の報が正式に届いた。地下から上がる白い粉塵、崩れた壁、そして信じられないほど静かな空。安堵と緊張が同時に胸へ押し寄せる。
「崩壊は連鎖中。急いで脱出経路を固定する」
アレクサンダー様の指示で、私たちは即座に隊列を整えた。残党が散発的に現れる可能性はある。勝利に酔う余裕はない。
それでも、リリーが包帯を巻き直しながら「地上に出たら甘いお茶が飲みたい」と言って、私は思わず笑ってしまった。ほんの短い会話なのに、身体の芯に残っていた戦闘の震えが少し引く。
脱出通路で、私はことりを短時間で連続起動した。
> 救護優先順位を表示。
【ことり】
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優先救護:
1) 出血多量者
2) 呼吸障害者
3) 歩行困難者
推奨搬送順を更新しました。
[魔力: 50/150 (-10)]
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> 崩落回避ルートを再計算して。
【ことり】
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北側副通路を推奨。
主通路は12分以内に崩落予測。
成功確率: 83%
[魔力: 40/150 (-10)]
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> 最後尾の護衛配置も出して。
【ことり】
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後衛三点防御を提案。
中央に侯爵様、左右に機動班。
[魔力: 30/150 (-10)]
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表示は簡潔で、判断が速くなる。私は声を枯らしながら指示を飛ばし、マーガレットさんは救護班をまとめ、フィリップさんは崩落予測の時刻を書き換え続けた。
夕方、最後の石段を抜けると、地上の光が一気に視界へ流れ込んだ。眩しさで目が痛い。けれど、その痛みさえ嬉しい。広場には市民が集まり、誰かが泣き、誰かが両手を上げた。
私たちは帰ってきた。
歓声の中でも、担架の数と空いた席は目に入る。失ったものの重さは消えない。それでも、生きて戻れた命がここにある。私はそれを一つずつ数えるように深呼吸した。
夜、応急テントで手当てと翌日の方針確認を行う。温かい湯の匂い、薬草の苦味、擦れる布の音。戦場とは違う音が、ようやく耳に馴染み始める。
【ことり】
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要点:
夜間警戒は最低限で維持。
負傷者の再診を優先。
明朝、状況報告会を推奨。
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「明日は、地上で次を決める」
私が言うと、アレクサンダー様が穏やかに頷いた。隣でリリーが寝息を立て、フィリップさんがそっと毛布を掛ける。その光景に、胸の奥がじんわり温かくなる。
深夜、テントの外へ出ると、空には薄い雲が流れていた。地下の閉じた空気に慣れた肺へ、地上の冷えた風がまっすぐ入ってくる。私は肩をすくめ、火鉢のそばへ腰を下ろした。
しばらくしてアレクサンダー様も隣に来る。言葉はなく、薪のはぜる音だけが続いた。
「結社が崩れても、後始末は長いですね」
私が言うと、彼は頷く。
「だが、今日の仕事は終わった。まずは生き残ったことを受け止めよう」
私は火を見つめながら、地下で見たものを思い返す。崩れた祭壇、静かになった中枢、仲間の血の匂い。どれも消えないだろう。それでも、この場所にはそれと同じだけ、誰かを支えた手の記憶がある。
マーガレットさんが小さな焼き菓子を差し入れてくれた。焦げ目の香ばしさと蜂蜜の甘さが、疲れた身体へ沁みる。
「甘いものは正義です」
リリーが寝言みたいに言って、皆が静かに笑った。大声ではない。けれど確かな笑いだった。
私は翌日のメモを膝の上で書き直す。報告会、医療補給、瓦礫撤去の優先順。戦いが終わっても、守る仕事は続く。それを嫌だと思わない自分に、少し驚いた。
「明日も忙しい」
アレクサンダー様の言葉に、私は頷く。
「でも、明日は朝日を見てから始めましょう」
彼は穏やかに笑った。私は火鉢へ手をかざし、冷えた指先へ熱を戻す。戦後の夜は静かで、少し痛くて、そして確かに優しかった。
火が小さくはぜるたび、私は今日助けた人の顔を思い出す。名前を呼べた人、呼べなかった人、まだ眠ったままの人。明日からは報告書と数字の仕事が増えるだろう。でも、その数字の向こうにある息づかいを忘れない。私は膝の上のメモへ、最後に一言だけ書いた。『全員で次の朝へ』。
夜空を見上げると、雲の切れ間に星がひとつ覗いていた。私はその小さな光を確かめ、明日の朝を迎える覚悟を新たにした。
地上へ帰還した仲間たちは、朝日の下で新たな日常への一歩を踏み出す。第152話「朝日」をお楽しみに!




