第15話: 禁じられた扉
午前一時。
眠れない。
恋心を自覚してから、侯爵様のことばかり考えてしまう。
秘密。西棟。ルシア。呪い。
「もっと侯爵様のことを理解したい」
窓の外を見れば、西棟の方角に、わずかな灯りが揺れていた。
今なら。
そう囁く好奇心に、約束が抵抗する。
――禁止されている。
それでも、知りたい。
私はローブを羽織り、音を殺して部屋を出た。
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暗い廊下を進むたび、心臓の音が大きくなる。
西棟への扉の前で、一瞬だけ立ち尽くした。
「ごめんなさい、侯爵様……でも」
取っ手は冷たく、指先から迷いが伝わる。
意外にも鍵はかかっていなかった。
扉を押し開けた瞬間、埃の匂いが鼻を刺した。空気が古い。
長い廊下に扉が並び、奥から微かな光と、規則正しい音が聞こえる。
前に聞いた、あの機械みたいな音。
私は息を殺して、光の方へ進んだ。
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光が漏れる扉を、そっと開ける。
――広い。
床に描かれた大きな魔法陣。周囲に並ぶ装置。整然とした配置。
その規則正しさが、前世の記憶を引きずり出した。
「……機械室みたい」
中央の装置が淡く脈打ち、音を刻む。
そして机の上に、古いノートが一冊。
近づいた瞬間、胸が跳ねた。
――ルシアの筆跡。
夢中でページをめくる。
『意識の転送実験 記録 No.47』
『魔法とプログラミングの融合』
『器への定着率:78%』
言葉が頭の中で繋がっていく。
怖いのに、目が離せない。
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ノートに夢中になりすぎて、私は装置へ近づきすぎていた。
突然、強い光。
喉が凍り、身体が硬直する。
――魔法障壁。
頭の奥を槌で叩かれたような痛みが走り、視界が白く滲んだ。
現代日本。オフィスの白い灯り。机の角。画面の光。
AIとの会話。
「たすけ……」
声にならない。
意識が、暗い底へ沈んでいく。
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扉が勢いよく開いた。
「エリアナ!」
侯爵様の声。
駆け寄った手がかざされ、鋭い光が走る。
障壁がほどけ、崩れ落ちる私を、侯爵様の腕が受け止めた。
温かい。
それだけで、涙が滲む。
「大丈夫ですか。しっかり」
声が震えている。怒っているのに、怖がっている。
こんな声、初めて聞いた。
「ごめ……なさい……」
「……無茶をして」
強く抱き締められる。
息が苦しいのに、安心してしまう。
「もう大丈夫です。私がいます」
その言葉が、暗い底から私を引き上げた。
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気づけば、私は自室のベッドに横たえられていた。
毛布の柔らかさが肌に触れて、ようやく「戻ってきた」と分かる。それでも身体はまだ小刻みに震えて、喉の奥が痛い。
椅子を引き寄せた侯爵様は、私の手の届くところに座った。静かな横顔。けれど、その沈黙がいちばん怖い。
「なぜ、西棟に」
責めるより先に、深い息。
私は唇を噛み、正直に言った。
「……知りたかったんです。侯爵様の秘密も、ルシアの研究も」
「もっと、侯爵様のことを理解したくて」
侯爵様のまつげがわずかに揺れた。
「あなたの好奇心は理解します。ですが、あそこは危険です」
「あの障壁は――転生者の魂に反応するよう設計されている」
転生者。
胸の奥が冷える。
侯爵様は、私の顔から目を逸らさない。
「……侯爵様は」
「ええ。あなたが転生者であることは、最初から知っていました」
言葉が鋭く、でもどこか哀しい。
「あなたの魂の波動が、特別だった。だから、あなたを招いたのです」
侯爵様の手が、私の指先を包んだ。あの部屋で感じた温かさと同じ。
「あなたを危険な目に遭わせたくない。……失いたくない」
その一言で、喉が熱くなった。
「だから、まだ話せないことがあります」
「でも、いずれ――すべて話します」
真剣な目。
私は小さく頷くことしかできなかった。
「待ちます」
声が震える。
「信じて、待ちます」
侯爵様の肩から、ほんの少し力が抜けた。
「……ありがとう」
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侯爵様が部屋を出ていくと、夜が急に広く感じた。
今夜見たもの。ルシアのノート。意識の転送。器。定着率。
転生者に反応する障壁。
繋がりそうで繋がらない輪郭の向こうに、ことりの影までちらつく。
窓の外は、薄く白みはじめていた。
怖かった。それでも――抱き締められた温かさが、まだ胸に残っている。
「侯爵様……」
名を呼ぶだけで、心がほどける。
好きだ。
もう、疑いようがない。
私は、侯爵様が大好きだ。
**次回予告**
翌朝、侯爵様はエリアナを叱責する。しかし、その言葉の裏には深い愛情が。「君を失いたくない」「かけがえのない存在」と告げられ...そして、地下研究所への正式な招待が!
第16話「叱責と守られる安心」をお楽しみに!




