第147話: 呪いの解放
封印室の中心は、まるで呼吸する生き物みたいに膨張と収縮を繰り返していた。三重構造の最後、最終結節。ここを誤れば、解除ではなく暴走になる。私は汗で湿った手袋を外し、素手で杖を握り直した。
「配置、最終確認」
アレクサンダー様の声に、全員が位置へ着く。フィリップさんは補助器を固定、セレスティアさんは外縁の戻り流を抑え、リリーは光の中継を保つ。
私はことりを一度だけ起動した。
> 最終結節の共振点、いまの状態で示して。
【ことり】
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解析結果:
共振点は北西寄り 12度。
直接接触は反動大。
一点貫通より、位相をずらして封止推奨。
成功確率: 75%
[魔力: 60/150 (-10)]
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「北西十二度、位相ずらしで行く」
私の宣言に、アレクサンダー様が剣先を下げて合図する。怖い。でも、怖さより先に、終わらせたい気持ちが立った。
解除を始めた瞬間、封印室全体が跳ねた。床がうねり、壁面の紋様が一斉に赤転する。反動波が胸を打ち、後衛の一人が吹き飛ばされた。
「下がって、医療班!」
マーガレットさんの声が飛ぶ。アレクサンダー様が私の前へ出て、盾式を全開。衝撃が何度も盾に当たり、耳の奥で金属音が鳴り続ける。
私は結節へ手を伸ばし、符号を解く。熱い。針を刺されるみたいな痛みが腕を走る。それでも離せない。
【ことり】
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警告: 反動ピーク接近。
右側位相を0.3遅延してください。
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私は歯を食いしばって遅延を入れた。次の瞬間、暴れていた流れが一段落ちる。アレクサンダー様が低く叫んだ。
「いまだ、エリアナ!」
私は最後の封止印を叩き込んだ。
音が消えた。
さっきまで吠えていた呪詛の層が、嘘みたいに静まっている。封印室の光は弱く脈打つだけになり、焦げた匂いの中へ冷たい空気が戻ってきた。
「……解けた」
誰かの震える声に、私は膝をつきそうになる。アレクサンダー様が支えてくれた。
外廊へ移って応急手当をしながら、ことりのログが短く表示される。
【ことり】
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異常反応: 未知の符号を検出。
断片ログを保存しました。
追加解析を推奨。
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フィリップさんがすぐに記録板を受け取る。
「持ち帰って短時間で解きます。長引かせません」
私は頷いた。終わったはずの場所に、まだ薄い影がある。けれど、もう手の届く範囲だ。
待避所で水を飲みながら、次の行動を詰める。ことりが補足を示した。
【ことり】
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追加解析は短時間で完了見込み。
本部内で収束可能です。
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「なら、最後までこの部で終わらせる」
私が言うと、アレクサンダー様は静かに笑って頷いた。長い夜の先に、ようやく朝の輪郭が見え始める。
封印室外の石床に座り込み、私はしばらく動けなかった。全身の力が抜けて、指先だけがじんじんと痺れている。リリーが無言で毛布を掛け、マーガレットさんが温かい湯を持ってきてくれる。湯気に混ざる薬草の匂いが、戦闘の焦げ臭さを少しずつ押し流した。
「本当に、解けたんだよね」
リリーの問いに、フィリップさんが記録板を抱えたまま答える。
「数値上も、術式上も。間違いなく」
それを聞いた瞬間、胸の奥で固まっていた何かがほどけた。泣きそうになって、私は湯呑みを両手で握る。
アレクサンダー様が私の隣に座り、低い声で言った。
「よく耐えた」
「みんながいたからです」
「それでも、最後に触れたのは君だ」
その言葉は重く、温かかった。勝利の実感は派手に来るものではなく、こうして小さな会話の中で遅れて体へ染みるのかもしれない。
私は視線を上げ、封印室の扉を見た。もう赤い脈動はない。代わりに薄い灰色の静けさだけがある。終わったのだ。完全ではなくても、確実に前へ進んだ。
「未知符号も、片づけましょう。ここで全部」
私の言葉に、フィリップさんは力強く頷いた。
「はい。持ち帰って、今夜中に解析します」
仲間たちが各々立ち上がり、道具を整える。疲労で足は重い。それでも、誰の目にも諦めはなかった。私は毛布を返し、杖を手に立ち上がる。
終わらせる。きれいな結末ではなくても、私たちの手で終わらせる。それだけは、もう揺らがない。
呪いを解いた一行の前で、アレクサンダーの秘めた力がついに解放される。第148話「侯爵の真の力」をお楽しみに!




