第146話: ペンダントの力
封印室から側廊へ出たとき、敵精鋭の追撃がすぐ背後まで迫っていた。石壁を擦る刃音、焦げた布の匂い、足元を走る熱。私たちは負傷者を抱えたまま、狭い通路を後退するしかない。
その最中、先頭の護衛が瓦礫の隙間から古い佩飾を拾い上げた。土埃に埋もれていた小さなペンダントが、私の胸元のものと共鳴するみたいに淡く光る。
「これが伝説の……?」
彼が目を見開いた瞬間、敵の術が着弾した。けれど光の膜がふわりと広がり、衝撃が半分ほど滑っていく。空気が柔らかく歪み、音だけが遅れて届いた。
「今の、軽減したの?」
リリーの問いに私は頷く。偶然じゃない。これは使える。
退避スペースへ滑り込み、私はことりを起動した。
> ペンダント反応を解析、運用方針を示して。
【ことり】
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解析結果:
佩飾は一次保護結界を形成。
持続は短時間。
複数回起動は不可。
魔術的共鳴で強化可能。
[魔力: 80/150 (-10)]
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「一度きり。使うなら撤退線確保の瞬間です」
フィリップさんが即座に地図へ印を引き、アレクサンダー様が隊列を決める。
「起動者は前衛二名の中央。エリアナ、合図を頼む」
私は佩飾を持つ護衛の手を握り、呼吸を合わせた。彼の手は震えていたけれど、目は逃げていなかった。
側廊から脱出路へ切り替える瞬間、私は合図を送る。
「いま、起動!」
佩飾が白金色に弾け、半球状の結界が展開した。敵精鋭の連射術式が膜に当たって砕ける。同時に、味方魔術師が共鳴補助の一撃を放った。低音の波が結界へ重なり、防御層が一段厚くなる。
「通路が開いた、急いで!」
アレクサンダー様が負傷者を先に通し、私は最後尾で解式を撃って追撃を遅らせる。結界の光は短い。けれど必要な時間だけ、確かに私たちを守ってくれた。
中庭へ向かう通路で、起動者の護衛が壁にもたれた。顔色が悪い。
「視界が、少し眩しすぎて……」
私は肩を貸し、マーガレットさんが水を渡す。ことりのログが追って表示された。
【ことり】
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佩飾の代償:
短時間の魔力枯渇と感覚過敏。
不可逆な副作用は検出されません。
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「よくやってくれた」
アレクサンダー様が護衛の肩を軽く叩く。私はその場にいる全員を見回し、胸の奥で小さく息を吐いた。代償はあった。それでも、誰も置いていかずに進めた。
通路奥の小部屋で、私たちは佩飾の挙動を簡易記録した。光が消えた後の残滓は細い糸のようで、掌に乗せると脈打つように温度が変わる。フィリップさんは紙へ線を引きながら、興奮を抑えきれない声で言った。
「古代技術そのものです。魔法陣だけじゃない、制御思想まで残っている」
私は佩飾を布へ包み、そっと箱へ収める。便利さの裏に代償があると分かった今、無闇に使う気にはなれない。
アレクサンダー様が負傷した護衛の隣に座り、水差しを手渡した。
「視界はどうだ」
「少し滲みますが、落ち着いてきました」
「よし。今日は休め」
そのやり取りを見て、胸の緊張がようやく緩む。救えた。誰かの命を削って勝つ形じゃなかった。それが何より嬉しい。
リリーが小さな毛布を持ってきて、私の肩にも掛けてくれた。
「エリーも顔色悪いよ」
「そんなことないって言いたいけど、ちょっとだけあるかも」
二人で笑う。短い笑い声が石壁に柔らかく反響した。
私はことりの表示をもう一度確認する。不可逆な副作用はない。だが短時間の魔力枯渇と感覚過敏は軽視できない。次に同種の装置を扱うなら、先に保護手順を組むべきだ。私は記録欄へその一文を書き足した。
「進める?」
アレクサンダー様の問いに、私ははっきり答える。
「はい。次は呪いそのものを終わらせます」
箱の蓋を閉じる音が、小さな決意の合図になった。
私は護衛の脈をもう一度確かめ、記録欄へ経過時刻を追記する。救えたときほど手順を省かない。次に同じ危機が来たとき、今日の記録が誰かの命を守るからだ。戦いは感情だけで乗り切れない。だからこそ感情を抱いたまま、冷静な仕事を続ける。私は深呼吸し、次の隊列確認へ向かった。
通路の先で待つ仲間の背中を見つけ、私は小さく頷いた。まだ終わっていない。だからこそ、今夜の一歩を確実に積み重ねる。
一度きりの護りを使い切った一行は、呪いの最終結節へ挑む。第147話「呪いの解放」をお楽しみに!




