第145話: 呪いの解除開始
封印室の扉に手をかけたとき、指先がしびれた。冷たいのに、触れた部分だけが熱い。長く続いた呪いの匂いは、金気と焦げた香草の中間みたいで、喉の奥に苦く残る。私は息を整えて、扉を押し開いた。
中央床には三重円の呪詛紋が刻まれ、ゆっくり逆回転していた。
> 呪詛構造を可視化、危険箇所を出して。
【ことり】
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呪詛は三重構造。
中央結節が核。
直接干渉は反動大、段階的無効化を推奨。
危険箇所: 北東端の戻り流。
[魔力: 100/150 (-10)]
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「北東に戻り流。そこを避けて三段で切る」
私が告げると、アレクサンダー様が位置を取り、フィリップさんは補助具を並べる。セレスティアさんが外周封じ、リリーが中継光を維持。役割が迷いなく噛み合っていく。
封印室入口では、道具の最終確認が続いた。封印杭、緩衝布、逆位相結晶。私はひとつずつ手で触れ、順序を頭に叩き込む。
再度ことりを起動する。
> 安全監視モードで、反動上昇だけ優先通知して。
【ことり】
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安全監視モード起動。
閾値超過時に即時警告します。
推奨: 三十秒ごとに呼吸同期。
[魔力: 90/150 (-10)]
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準備中、マーガレットさんが包帯を持ったまま「終わったら温かいスープを用意します」と言ってくれた。誰かが「二杯ください」と返し、場に小さな笑いが落ちる。緊張は消えないのに、その笑いだけで心拍が少し整った。
昼前、段階的無効化を開始した。第一層は予定どおり。第二層で床が震え、戻り流が足元を焼く。
「反動、増える!」
私は結節へ手を伸ばし、符号を一つずつ解く。アレクサンダー様が私の前に盾を張り、飛んだ破片を受ける。耳元でことりが短く警告した。
【ことり】
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反動増大。注意してください。
推奨: 右回転を一拍遅延。
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私は指示どおりに遅らせ、流れを半拍ずらした。暴れていた呪詛の糸が、ぱちりと音を立ててほどける。第二層、解除。膝が笑いそうになるのを堪え、私は第三層への印を刻んだ。
昼、封印室出口で一時報告をまとめる。呪いの勢いは確かに弱まったが、反動で二名が負傷した。マーガレットさんとアレクサンダー様が手当てを手分けし、私は血の匂いの中で報告板を握る。
【ことり】
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儀式ログ要約:
第一・第二段階の無効化成功。
次段階は中心結節への直接干渉。
準備時間を確保してください。
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「まだ終わってない。でも進んでる」
私は仲間の顔を見回し、ひとりずつ頷きを受け取った。ここからが本番だ。
待避区画の片隅で、私は濡れ布で手を拭った。指先に残る焼けるような痛みは、結節へ触れた証拠だ。マーガレットさんが薬草膏を差し出し、私は素直に手を伸ばす。
「我慢は美徳じゃありませんよ、エリアナ様」
「はい……すみません」
塗られた膏はひんやりして、じわりと熱を奪っていく。横ではリリーが負傷者へ湯を配り、フィリップさんが次段階の器具を再点検していた。誰も休めていないのに、誰も手を止めない。
アレクサンダー様が私の前に膝をつき、包帯の端を結ぶ。
「痛むか」
「少し。でも、動けます」
「動くのはいい。無茶はするな」
低い声で言われると、胸の奥が温かくなる。私は頷き、彼の手首の浅い切り傷へ目を向けた。
「それ、私が巻きます」
互いの傷を巻き合うだけの数分。戦局には関係ない時間なのに、心を立て直すには十分だった。
フィリップさんが記録板を掲げる。
「第三段階は結節接触後、七秒以内に封止印。遅れると反動が倍化します」
私は復唱し、頭へ刻む。ことりの補助があっても、最後に手を動かすのは私だ。
遠くで小さく鐘が鳴る。昼を告げる音。その響きで、世界がまだ続いていると分かる。
「次で終わらせよう」
私が言うと、アレクサンダー様は静かに頷いた。仲間たちも武具を取り、封印室の扉へ向かう。怖さは消えない。けれど、怖さと一緒に歩く術はもう身についている。
私は扉の前で一度だけ目を閉じ、呼吸を四拍で整えた。前世で覚えた集中法を、この世界の戦場で使う日が来るなんて思わなかった。胸の奥に残る震えは完全には消えない。けれど震えていても、手は動く。動けるなら、まだ守れる。そう自分へ言い聞かせ、私は封印室へ足を踏み入れた。
呪い解除のただ中で、失われたはずのペンダントが新たな道を照らす。第146話「ペンダントの力」をお楽しみに!




