第144話: 戦闘開始
大広間の扉が開くと同時に、敵主力が雪崩れ込んできた。盾術、拘束術、遠隔詠唱が三層で重なり、空間そのものが唸る。私は喉の奥に鉄の味を感じながら、最前列の紋様を睨みつける。
> 初動戦況を解析、突破方向を提示して。
【ことり】
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敵陣形を解析。
第一波は鋭角突破を狙っています。
推奨: 左翼二列目を厚く、中央は時間稼ぎ。
成功確率: 78%
[魔力: 140/150 (-10)]
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「左を厚く! 中央は保持だけ!」
私の指示に合わせ、アレクサンダー様が前衛線を瞬時に組み替えた。敵の突進が角を失い、勢いが一段落ちる。フィリップさんが支援陣を張り、セレスティアさんが雷で進路を狭め、リリーが光で視界を切った。初動を間違えなかった手応えが、胸の奥で小さく灯る。
しかし、敵将が中央から拘束術を重ねると、流れは再び乱れた。床を走る鎖が仲間の足を狙い、上空から圧縮術が落ちる。
> 優先目標を再割当、味方損耗を最小化して。
【ことり】
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再割当完了。
優先目標A: 右上詠唱者
優先目標B: 中央拘束核
侯爵様は防壁維持、エリアナさんはB切断推奨。
[魔力: 130/150 (-10)]
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アレクサンダー様の防壁が私の前に壁を作る。
「行けるか」
「行きます」
短いやり取りだけで呼吸が揃う。私は中央拘束核に解式を叩き込み、リリーがAへ光弾を重ねた。敵将の術式は一瞬空転し、その隙にマーガレットさんが負傷者を引き抜く。フィリップさんが「次、右から来ます」と叫び、全員が同時に動いた。
押し返せる流れが見えた瞬間、味方魔術師が中央で杖を掲げる。
「道を開く、三拍だけ支えて!」
私は頷き、魔法回路へ一点集中の補助式を重ねた。蒼白い一撃が放たれ、敵前線を貫いて戦列を反転させる。空気が焼ける匂い、熱風、耳鳴り。大広間に一瞬の静寂が落ちた。
> 終盤の護衛指示を表示して。
【ことり】
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護衛指示:
撤退線は東回廊。
防衛ラインを三点維持。
負傷者優先で後退してください。
成功確率: 84%
[魔力: 120/150 (-10)]
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私はアレクサンダー様と共に後衛を守り、仲間の退路を確保する。焦りで手が震えていたけれど、彼の背中が視界にあるだけで、足は止まらなかった。
午前の終わり、敵の攻勢は一時的に沈んだ。大広間外の廊下で応急処置が始まり、包帯と薬草の匂いが混ざる。誰かが「今日は生き残ったな」と笑うと、疲れた声で笑いが返った。
【ことり】
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戦闘ログ要約:
第一波撃退完了。
次脅威予測: 西側通路。
準備時間は短いです。
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私は深く息を吸う。
「休めるうちに休もう。次も、全員で越える」
仲間たちの頷きを確認し、私は再び杖を握った。
西側通路の脅威に備え、私たちは負傷者を廊下奥へ移した。床へ広げた地図は煤で汚れ、指先でなぞるたび黒い粉がつく。フィリップさんが敵残数を読み上げ、セレスティアさんが短く修正を入れる。
「前線は戻せる。でも長くは持ちません」
「十分だ。必要なのは"長さ"じゃない」
アレクサンダー様の返答に、私は深く頷いた。勝ち方を欲張らない。生きて抜ける。その優先順位を忘れない。
リリーが応急箱を抱えて私の袖を引いた。
「エリー、手、擦りむいてる」
言われて初めて気づく。浅い傷だが、彼女は丁寧に薬を塗ってくれた。冷たい軟膏が触れた瞬間、張りつめた神経が少し緩む。
「ありがとう」
「これで次も戦えるでしょ」
その明るさが、どれだけ救いになるか本人は分かっていない。
私は壁にもたれ、短く目を閉じた。遠くで瓦礫が崩れる音がする。それでもこの廊下には、仲間の呼吸と湯を沸かす小さな音がある。戦いの真ん中に差し込む生活の気配が、私を人間のまま繋ぎ止めてくれる。
「次は西側。十分快に形を作って、一気に押し返す」
私の言葉に全員の視線が集まる。怖さを共有したまま、進む意志だけが揃っていった。
私は床へ膝をつき、地図端の汚れを指で拭った。ここで立てる計画は完璧ではない。それでも、全員が理解できる形にすることが何より大事だ。フィリップさんが数値を読み、リリーが復唱し、セレスティアさんが短く修正する。小さな確認を重ねるたび、混線していた不安が一本の道へ収束していく。
広間での激戦を耐え切った一行は、呪いの根を断つ儀式へ踏み込む。第145話「呪いの解除開始」をお楽しみに!




