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異世界の侯爵家に招かれた元SEの私、手のひらサイズの語り箱と秘密だらけの屋敷で溺愛されています  作者: プロンプト時雨
第V部: 決戦と新たな始まり

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第143話: ヴィクターとの対峙

中枢前室の空気は、刃物みたいに薄く冷たかった。黒い長衣をまとった男が柱影から歩み出るだけで、周囲の術者たちが息を揃える。ヴィクター。名を聞くだけで嫌な汗が出る相手が、目の前で微笑んだ。




「侯爵家の令嬢がここまで来るとはね」


ヴィクターの声は柔らかいのに、言葉の端が凍っている。アレクサンダー様は一歩も引かない。


「余計な挨拶は要らない。中枢を止める」


互いの視線がぶつかるだけで、周囲の温度が下がった気がした。私はヴィクターの指先、肩の角度、足の向きまで観察する。動きは少ない。なのに、狙いだけがはっきり見える。


後ろの側近がぼそりと「こんな朝から重すぎるだろ」と冗談を漏らし、誰かが小さく吹き出した。ほんの一拍、息がしやすくなる。私はその隙に、次の合図をアレクサンダー様へ送った。




前室脇の狭い回廊へ退き、私はことりを起動する。


> ヴィクターの主動作と罠配置を解析して。


【ことり】

*************

解析結果:

主動作は観測と牽制。

右側第二柱付近に多層罠を検出。

推奨行動: 左壁沿い迂回、三歩目で合図。

成功確率: 80%

[魔力: 140/150 (-10)]

*************


フィリップさんが地図の余白に即座に印を入れる。


「右を切り捨てれば、侯爵様の進路が開きます」


私は頷いた。ことりの表示はいつも以上に正確で、逆に少し怖い。でも怖さを理由に止まる余裕はない。私は手袋を握り直し、アレクサンダー様に低く伝える。


「左沿い。三歩目で合図します」


「任せる」


短い返事に、迷いはなかった。




夕方、小広間への接続路で小競り合いが始まった。ヴィクターは真正面ではなく、死角から拘束術を走らせる。床石に見えない鎖が這い、私は足首を狙われた。


「エリアナ!」


アレクサンダー様の剣が鎖を断ち、火花が頬を掠める。私は転びかけた体勢から解式を返し、罠の結節を一つ切った。セレスティアさんが側面で雷を落とし、リリーが光で詠唱線を乱す。


ヴィクターは薄く笑ったまま、こちらの連携を測るように距離を取る。


「なるほど。君たちは"完成形"に近い」


「あなたの都合で測られたくない」


私が言い返すと、アレクサンダー様が肩越しに囁いた。


「上出来だ。呼吸を崩すな」


その一言で、胸の震えが収まる。私たちは合図を合わせ、罠を踏ませず前進した。




夜、中庭外縁でヴィクターは戦線を切った。追撃しようとした私たちの前で、彼は結界中枢側へ術式を返す。


「今日はここまでだ。中枢の再調整を優先する」


敵は秩序だった撤退を見せ、持久戦に引き込む意思を隠さなかった。私は歯を食いしばる。


【ことり】

*************

撤退理由: 中枢保全行動と一致。

想定どおり。

次接触予測: 高確率で広間正面。

*************


肩を寄せ合って立つ仲間の熱が、冷えた夜気より確かだった。アレクサンダー様が私の背に手を添える。


「次で決める」


私は頷き、暗い空を見上げた。ここから先は、もう退けない。




中庭脇の石段で短い再編成を行う。傷は浅くても、全員の肩に疲労が滲んでいた。私は包帯を巻き直しながら、さっきの攻防を反芻する。ヴィクターは攻めるより、こちらを測っていた。反応速度、連携、誰を守るかまで。


「強いだけじゃなく、性格が悪いですね」


フィリップさんの呟きに、セレスティアさんが乾いた笑みで返す。


「ほんとにそれ」


思わず小さな笑いが漏れ、凍っていた空気が少しだけ和らいだ。


私はアレクサンダー様の手甲の留め具を直す。彼は少し驚いて、私の指先を見た。


「君の手が冷たい」


「緊張してるだけです」


「私もだ」


その率直さに胸のこわばりがほどける。彼も怖いのだ。それでも前へ出る。その背中を見ているから、私も立てる。


リリーが果実湯を差し出してくれた。甘い香りが鼻先をくすぐり、喉の乾きがやっと落ち着く。マーガレットさんは全員へ視線を配り、「次は短期決戦です」と穏やかに告げた。命令より、祈りに近い声だった。


「ヴィクターの狙いは、私たちに選ばせることかもしれない」


私が口にすると、アレクサンダー様は静かに頷く。


「ならば選ぶのは我々だ。奴の望む形ではなく」


私は杖を握り直した。恐怖は残る。けれど迷いはない。

ヴィクターの狙いを見抜いた一行は、ついに広間で全面衝突へ踏み込む。第144話「戦闘開始」をお楽しみに!

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