第141話: リリアの覚醒
結社の軍勢を退けたあと、私たちは最深部へ続く回廊を進んだ。敵の気配は薄いのに、空気だけが妙に重い。耳鳴りに似た低い振動が、石壁の向こうから絶えず響いてくる。
回廊の床には細い光の筋が走り、私たちの足音に合わせるように明滅した。深夜の冷気は肌を刺すほどなのに、手袋の内側は汗で湿っている。緊張が抜けない。
アレクサンダー様は先頭の半歩前で歩き、折々に視線だけで隊列を確認する。その背中を追いながら、私は隣のリリーに目を向けた。彼女はいつもなら小声で何か喋ってくれるのに、今夜は唇を結んだまま、先だけを見ている。
「リリー、大丈夫?」
「うん……なんか、ここ、変な感じ。胸の奥が熱いのに、頭は冷えてるみたいで」
違和感は私にもあった。回廊の先から、誰かに見られているような圧が流れてくる。私はことりへ短く照会する。
> 前方の反応、敵性か、術式か、判別できる?
【ことり】
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前方約120メートルに高密度干渉反応を検出。
敵性個体反応は微弱、術式干渉が優勢です。
警告:感応型共鳴領域の可能性があります。
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私は喉の奥を引き締めた。感応型――感情や適性に反応して術式が増幅する類い。もしそうなら、私たちの誰かが引き金になる。
小広間へ踏み込んだ瞬間、床の紋様が白く発光した。次いで天井の結晶群が連鎖点灯し、光の柱が何本も降りる。私は反射的に防護式を展開したが、光は防壁をすり抜けて、まっすぐリリーの周囲へ集まった。
「リリー!」
彼女は目を見開いたまま、その場に膝をつく。苦しそうなのに、叫びは出ない。代わりに彼女の手元から、柔らかな金色の光が滲み出した。怖いほど澄んだ光だった。
「エリー……みんなを、守らなきゃ」
次の瞬間、光が爆ぜる。眩しさに目を細めると、私たちの周囲へ半球状の光膜が広がり、天井から落ちてきた攻性術式をすべて弾き返した。床に散った火花が、白い花びらみたいに消えていく。
「これは……純化型の光魔法?」
フィリップさんの声が震える。セレスティアさんも言葉を失っていた。アレクサンダー様は私と同時にリリーのそばへ駆け寄り、彼女の肩を支える。
「呼吸を合わせろ。力を止めようとするな、流れを整えるんだ」
私はリリーの両手を包み、心拍のリズムに合わせて声を掛けた。
「大丈夫。ひとりじゃない。私がいる、みんながいる」
荒れていた光が少しずつ脈を揃え、過剰な放出が収束していく。やがてリリーは大きく息を吐き、涙目のままへにゃっと笑った。
「なんか今……髪の毛、逆立ってない?」
「少しだけね」
思わず吹き出すと、張り詰めていた場の空気がほどけた。彼女らしい冗談に、救われる。
覚醒した光は、消えずにリリーの周囲で静かに揺れていた。私たちが最深部入口の障壁へ近づくと、その光が障壁の表層へ干渉し、鈍い軋み音を立ててひびを走らせる。
「開く……!」
私は目を見張った。さっきまで何をしても傷一つつかなかった障壁が、今は確かに弱っている。
ことりの表示が追いかけるように点灯した。
【ことり】
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波形解析:リリアさんの光魔力は古代中枢術式と高い同調率を示します。
推定:旧文明の保全系統と同系統、または派生。
障壁低下率:31%
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胸の奥が熱くなる。古代魔法と機巧式の融合――FSで追ってきた仮説が、リリーの覚醒で現実になり始めていた。ルシアの研究、ことりの異様な的確さ、侯爵家の秘匿資料。すべての線が、ここで一本に寄りつつある。
「リリー、無理はしないで。あなたの力は希望だけど、あなた自身が一番大事だから」
私が言うと、リリーは真剣な顔で頷いた。
「うん。でも、エリーを守るって決めたの。だから、ちゃんと使う」
その言葉に、アレクサンダー様が静かに微笑む。
「頼もしいな。では、その光を道標にしよう」
私たちはひびの入った障壁の前で隊列を組み直し、次の突破手順を確認した。
待避所に短く腰を下ろすと、夜明け前の薄い気配が地下にまで降りてくるようだった。リリーは毛布にくるまり、温かい茶を両手で抱えている。マーガレットさんが「一口ずつ、ゆっくり」と優しく促し、彼女は素直に頷いた。
私は隣で肩を寄せるアレクサンダー様に小さく囁く。
「ここまで来ました。次は、最深部です」
「共に行こう。どんな真実があっても、君となら受け止められる」
その言葉に背を押され、私は立ち上がった。覚醒の余波で皆が疲れている。それでも目は死んでいない。私たちはまだ、前へ進める。
リリーの覚醒で開かれた道の先へ、エリアナたちはついに最深部へ踏み込む。仲間が外で敵を食い止める中、エリアナとアレクサンダー、ことりは真実の待つ中枢へ向かう。第142話「中枢へ」をお楽しみに!




