第14話: 嫉妬の芽生え
朝食の席。温かいパンと紅茶の湯気が、静かな部屋に漂う。
昨夜の舞踏会の余韻が抜けきらず、私の胸は落ち着かない。
「昨夜は、本当に素晴らしかった。あなたは完璧でした」
侯爵様の穏やかな声に、頬が熱くなる。
「ありがとうございます」
――この温度が、続けばいい。
そう願った自分に驚いて、私はパンをちぎって口に運び、呼吸を整えた。
食事が終わると、侯爵様は「少し用事がある」と言って先に席を立った。
私は一人で紅茶を飲み干し、しばらくしてから図書室へ向かった。
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図書室へ向かう途中、玄関ホールで見知らぬ令嬢が侯爵様と談笑していた。
栗色の髪、緑の瞳。完璧な微笑み。
「久しぶりですね、セリーナ」
「お久しぶりです、アレクサンダー様」
呼び名が自然すぎて、胸の奥がきゅっと縮む。
私に気づいた侯爵様が、いつも通りに名を呼んだ。
「エリアナさん」
それだけで、私はほっとしてしまう。
セリーナ様が軽く頷く。
「伯爵家のセリーナです。用があって寄りましたの」
私は礼を返しながら、指先が冷えていくのを感じた。
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図書室で本を開いても、文字が滑る。
窓の外では、侯爵様とセリーナ様が庭を歩いていた。並ぶ姿が、遠目にもよく似合って見えてしまう。
「私には関係ない」
言い聞かせるほど苦しくて、喉が詰まった。
――嫉妬。
初めて名前のついた感情が、胸を刺す。
私は、侯爵様のことが好きなんだ。
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昼過ぎ、部屋に戻って語り箱を握った。手のひらに汗が滲む。
【ことり】
*************
こんにちは。何かお悩みですか?
*************
[魔力: 75/75]
> 好きな人に親しい女性がいたら、どうすればいい?
【ことり】
*************
確率: 25%
申し訳ありません。恋愛感情に関する質問は、私の苦手分野です。
ただ、早合点せず状況を確認し、必要なら正直な気持ちを伝えるのが有効な場合があります。
*************
[魔力: 65/75] (-10)
確率二十五パーセント。頼りない。
でも、「早合点しない」という言葉だけは、胸の痛みに少し効いた。
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夕方。控えめなノック。
「エリアナさん、いらっしゃいますか?」
侯爵様の声。
私は鏡を覗き込んだ。目尻が少し赤い。
「……はい。今、開けます」
ドアを開けると、侯爵様が眉を寄せて立っていた。
「今日、図書室にいなかったので」
「すみません。少し体調が……」
嘘をついた。
侯爵様は私の顔を覗き込む。
「顔色が悪い。無理はしないでください」
その優しさが、今の私には危険だった。
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侯爵様が椅子に腰を下ろし、私はベッドの端に座った。
「エリアナさん」
低い声で名前を呼ばれただけで、胸が跳ねる。
「あなたは、私にとって特別な存在です」
息が止まる。
「今日来ていたセリーナは昔からの知人です。用があって寄っただけで、それ以上の意味はありません」
「……私が大切に思っているのは、あなたです」
胸の奥が、熱くなる。
私は返事ができず、小さく頷く。
侯爵様が温かいハーブティーを注いでくれた。香りが鼻をくすぐり、指先に熱が戻る。
「……落ち着きましたか」
「はい」
私は小さく息を吐いた。
本当はまだ痛い。でも温かさが喉を通るたび、少しずつ息ができる。
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侯爵様が帰った後、夕焼けを見つめた。
嫉妬は苦しい。でも、侯爵様の言葉は確かだった。
それでも――薄暗い西棟の方角が、なぜか気になる。
昨夜からずっと、禁じられた場所が私を呼んでいる気がした。
**次回予告**
夜、好奇心に駆られたエリアナは禁止されていた西棟に侵入してしまう。古い実験室と奇妙な装置を発見。魔法障壁に触れて意識を失いかけたところを、侯爵に救出され...
第15話「禁じられた扉」をお楽しみに!




