第139話: 地下遺跡
本拠地の裂け目を越えた先で、私たちは地上の風を置き去りにした。石の喉を通るような冷たい通路の奥から、見たことのない蒼い光が、呼吸するみたいに明滅している。
隠し階段は、思っていたよりずっと長かった。足音が段差に反響し、何重にも重なって耳へ返ってくる。湿った石の匂い、鉄に似た微かな金気、衣擦れの音さえ大きく感じる暗闇の中で、私は先頭の灯具を握り直した。
最後の段を降りた瞬間、視界が一気に開ける。そこには巨大な地下都市が眠っていた。崩れた尖塔、弧を描く回廊、天井を支える柱列。そのすべてに古代文字が刻まれ、ところどころで魔力結晶が淡く発光している。死んだ都市のはずなのに、どこかでまだ脈が打っているような、不気味で美しい光景だった。
「……本当に、こんな場所が」
私の呟きに、アレクサンダー様が低く答える。
「侯爵家の記録にも断片しかない。ここまで完全な形で残っているとはな」
ことりの表示板が淡く光り、走査結果を示した。
【ことり】
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周辺走査:古代術式の断片を複数検出。
中央大堂方向に高密度の魔力残滓があります。
危険度評価:中(未起動の術式反応あり)
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私は深く息を吸い、冷えた空気を肺の奥まで入れた。恐れと同時に、確かな確信が湧いてくる。ここには、ルシアが辿り着こうとした答えの続きがある。
地下大堂へ進むと、床一面に広がる幾何学模様が灯具の光を鈍く返した。近づいて見ると、それは装飾ではなく魔法陣の残骸だった。円環と直線、結節点を結ぶ細い溝。前世で見た回路基板の設計図に、あまりにもよく似ている。
フィリップさんが膝をつき、欠けた金属板の符号をなぞった。
「この配列……魔力変換の制御式です。しかも、術式と機巧式のハイブリッド。結社がここを拠点にした理由、これかもしれません」
セレスティアさんが破損装置を持ち上げ、苦い顔をする。
「古いのに、思想は新しすぎる。誰かが"再利用"した痕跡があるわ」
その言葉に、背中が冷えた。古代の遺産を掘り起こし、現代の悪意で継ぎ足したのだとしたら、ヴィクターの執着は私たちの想像より深い。
重苦しい沈黙を破ったのはリリーだった。欠けた石碑に指を置き、顔をしかめる。
「これ、読めないけど……『立入禁止』って書いてありそうな顔してる」
「顔で判断しないでください」
フィリップさんが即座に返し、思わず皆が吹き出した。短い笑いが、肺に溜まっていた硬い空気を少しだけ追い出してくれる。私はその温度を、安心ビートみたいに胸に留めた。
中央魔法陣へ近づいたとき、床の紋様がふいに脈動した。蒼い線が一本、また一本と走り、円環が弱く点灯する。次の瞬間、足元から震えが這い上がり、柱の陰で眠っていた小型の浮遊結晶がいくつも起動した。
「来る!」
私が叫ぶと同時に、アレクサンダー様が前へ出て盾式の防壁を展開する。火花のような魔力片が防壁へ散り、耳に鋭い高音が刺さった。私は急いでことりへ解析を求める。
> 反応源の性質と停止条件を教えて!
【ことり】
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解析結果:防衛機構の自律再起動。
中核は中央円環の第四結節点です。
停止推奨:外周から反時計回りに三点を同時遮断。
成功確率:74%
魔力消費:-10(残140/150)
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「第四結節点が核! 三点同時に切る!」
私の指示で、フィリップさんとセレスティアさんが左右へ散開し、リリーが中継結晶を光魔法で鈍らせる。アレクサンダー様の防壁が数秒だけ隙間を作り、私は中央へ滑り込んで結節点の流れを断ち切った。
光の脈動は一拍遅れて収束し、遺跡は再び静寂に沈む。耳鳴りだけがしばらく残った。私は膝をつきそうになる足を堪え、ゆっくり立ち上がる。
「……止まった」
アレクサンダー様が私の肩に触れた。
「よくやった、エリアナ」
短い一言なのに、胸が熱くなる。怖かった。けれど、今の連携で確信した。私たちは、この遺跡の理屈に追いつける。
遺跡の一角に簡易分析机を置き、回収した符号片と装置片を並べる。フィリップさんは煤けた紙片を慎重に広げ、眼鏡越しに目を細めた。
「この式列、ルシア文書の末尾と接続できます。結社の目的は、古代技術で呪いの制御を上書きすることだった可能性が高い」
私は胸元のペンダントを握り、アレクサンダー様を見る。
「なら、私たちの進む先は同じです。ルシアの研究を、奪われる前に完成させる」
彼は強く頷いた。
「ここからは速度勝負だ。解析を続け、夜明け前に中枢へ向かう」
深夜の遺跡で、私は小さく拳を握る。恐怖は消えない。けれど恐怖ごと抱えて進む覚悟なら、もう決まっていた。
地下遺跡の奥で結社の軍勢が姿を現し、エリアナたちは連携で中枢への道をこじ開ける戦いに挑む。第140話「結社の軍勢」をお楽しみに!




